投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

変身コンパクト
【その他 その他小説】

変身コンパクトの最初へ 変身コンパクト 0 変身コンパクト 2 変身コンパクトの最後へ

変身コンパクト-1

「はい、お疲れ様でした。結果は来週中にご連絡しますから」
「はい。ありがとうございました。では失礼します」
これでいくつめだろう?はぁとため息をつく。
『この仕事について将来的に何を見出したいですか?』
面接官の言葉が頭をよぎる。
「………そんなの私が一番知りたいよ」もう一つ大きなため息をついた。働くことが嫌いなわけじゃない。人間嫌いなわけでもない。でも自分の将来が“見えない”のだ。“とりあえず”自分の好きな接客業の仕事を探していた。何もしないわけにはいかない。でも何をどうしたいがないのだ。自分がわからなくなり、思うように進まない現実が歯がゆかった。行き交う人たちを見つめる。夕方で学校が終わり、これから遊びに行くらしい女子高生、忙しそうに携帯電話を握り、早足で歩くサラリーマン。たくさんの買い物袋を持った中年女性。全てが無機質に通り過ぎていく。
ふと携帯電話を開く。別にメールや電話がきたわけではない。アドレス帳を開き、パラパラと目を通す。ある女性のところで私のカーソルが止まった。
『峰岸深雪』
彼女は私の幼なじみだ。サバサバしていて、何でも話せる中だ。彼女は今、他県の専門学校に行っていて、会うことはほとんどなかった。
『そういえば最近連絡とってないなぁ―…』
そう思うのと同時に彼女の番号を呼び出し、発信ボタンを押した。
「プルル…プルル…」
留守電に切り替わろうとした時に彼女は電話に出た。
「もしもし?沙織?」
「もしもし、深雪?」
「久しぶりだねえー急にどうしたの?」
「いや、これといって用はないんだけどね。なんか久しぶりに話したくなって」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。最近どう?」
「う〜ん仕事探しに苦戦してるよ。深雪は?」
「私はまだ学校だから。彼氏も相変わらずできないし。」
「学校大変?」
「…なんかだるい。実は友達もできなくて。思うようにいかないね」
私は正直言ってびっくりした。私と深雪は中学まで一緒だった。中学時代は私の方が人付き合いが苦手で、深雪がいつもそばにいてくれたのだ。深雪は意志が強くて、誰かに媚びたりしない。そんな彼女の姿勢が私は大好きだった。
「そっかぁ、人間関係って難しいよね」
「沙織は人当たりよくて明るいから羨ましいよ。服とか選ぶの上手じゃん。私もそんな取り柄がほしい」
ますますびっくりだった。前にも言ったが、私から見て深雪に対して憧れる部分がたくさんあるからだ。そんな言葉をもらえるなんて本当に思ってもみなかった。
「ありがとう。でもなかなか難しいよ。今日も面接受けたけど、厳しそう。働かなくちゃとは思うんだけど、細かくどうしたいとか何になりたいとかないから」
「そうなんだぁ…難しいね。私も専門学校入ったけど、どうなるかわからない。沙織みたいに話せる人いないし。結構っていうか、かなりつらい。私ウツなのかなぁ?」
深雪の声がどんどん弱くなっていった。きっと私が想像する以上につらいのだと思った。
「無理しない方がいいよ。頑張ろうとすると苦しくなるから。私も仕事してた時にそういう時あったもん」
「…うん、わかった。でも話せて少し楽になったよ。ありがとう」
「それなら良かった。つらい時はいつでも連絡ちょうだい。一人で考えこまないでね」
「うん、ありがとう。私そろそろバイト行かなくちゃなんだ。じゃ、またね」
「長々と話してごめんね。またね」
そう言って電話を切った。
私は深雪と幼稚園の時に遊んだことを思い出した。その時に流行っていたアニメの変身コンパクトでよく遊んでいた。私は買ってもらえず、深雪のコンパクトを貸してもらっていた。「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、魔法使いになぁれ!」とか「テクマクマヤコン、テクマクマヤコンお花屋さんになぁれ!」とかよく言っていた。あの頃はたくさんなりたいものがあったな。中学も高校もあっという間に終わってしまった。将来のことを考えなかったわけじゃない。また私はため息をついていた。でも心なしか、さっきより少し軽い気がする。わからなくても進まなくちゃいけない。変身コンパクトは現実にはないのだ。また明日も面接だ。夢はまだわからない。少しだけ心に新しい空気を入れて、駅の改札を通った。


変身コンパクトの最初へ 変身コンパクト 0 変身コンパクト 2 変身コンパクトの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前