携帯電話-1
『携帯電話』
『プルルルル…』
少し低くて鈍い電話の呼び出し音がする。私は「もうバイト終わったかな?」と考えながら、相手の声を待っている。
「…もしもし」
「良かった、出た。バイト終わったところ?」
「うん、そうだよ。どうしたの?」
「明日バイトの面接決まったから。一応報告しようと思って」
「良かったじゃん!早く決まるといいな」
「うん、頑張ってくる!」
23時過ぎの電話は私の楽しみだ。電話の相手、直樹とは付き合って2年7ヶ月になる。最近まで私は彼と同棲していた。でも一緒にいすぎて、お互いが見えなくなった。だから私は実家に戻ることを決めた。でもそれは、私の実家の隣の県にいる直樹とは遠距離恋愛の始まりを意味していた。直樹とは地元は一緒なのだが、彼は進学のために引っ越した。フリーターだった私もそれについて行ったのだが、今に至る。
「一人暮らしは慣れた?」
「うん、大丈夫。なんとかやれてるよ」
「そっか。寂しくない?」
「う〜ん、忙しくて寂しいなんて思うヒマないかな」
内心私はちょっとムッとする。ここで寂しいって言ってくれたりしたら可愛いのに…長い間付き合ってきた私たちの間はビターだ。
「ねぇ、私のこと好き?」
女の子のお決まりのセリフを言ってみる。
「……うん、好きだよ」
少し恥ずかしそうに言う彼。今まで私は何度も聞いているセリフなのに答えるのは、今も恥ずかしいらしい。
「私も好きだよ、直樹のこと」
「…ありがと。」
ふふっと笑っている直樹が見えた。
「ねぇ、離れてるとお互い素直になれていいね」
「あぁそうだね。いいことだ」
「明日はバイト休み?」
「うん」
「じゃあゆっくり休んでね」
「ありがとう、優美は明日頑張れよ」
「ありがとう。そろそろ私寝るね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
「バイバイ」
「うん」
プツッ。………
一緒に住んでいた時よりは、話す時間はかなり少ない。なのに直樹のことが見える私がいた。これが絆なんだろうか。今日の会話も時間が重なればきっと忘れてしまうだろう。そのくらい小さな一時(ひととき)だ。でも、私はとても幸せだと思った。今日も彼を抱きしめるように、携帯電話を握って眠りについた。優しい夢が見れる気がした。