〜 書道その1〜-1
〜 2番の特訓 ・ 書道 ・ その1 〜
「起立! 礼! ……よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
22番さんの号令に合わせ、2人揃って深々と頭をさげます。 視線の先には【B29番】と【B2番】先輩。 頭を戻し、通常の授業時間と同じように、いやそれ以上に背筋を伸ばしました。
「は〜い〜。 こちらこそ〜」
「……思ってたより新鮮だな、こーゆーの」
「ですねぇ。 『にに』だったらぶっきらぼうに、『わざわざ時間を作ってあげたんだから、当然です』っていいそうですけど」
「はは。 いえてる。 どうせ堅気な小説か何かでも読んでるだけなのにね」
緊張が解けない私達とは対照的に、先輩たちの肩からは力が抜けています。 Aグループ生がいないところでは、いつもこんな感じなんでしょうか。 だとすれば、食堂の淡々とした佇まいよりも、こっちが本来の先輩方なんでしょう。
「あんまり時間もないことだし、書道だったよね、早速始めたいところだけど、一応確認しておくよ。 もう書道の授業って1回終わってたよね? 前回はどんな感じだったの?」
22番さんに尋ねる【B29番】先輩。
「は、はい。 えっとですね、まず12号教官の自己紹介がありました。 といっても専門はあくまで国語で、書道は去年から並行して担当になったってだけでしたけど……それで、いきなり『用意しなさい』と仰ったので、私たちは書道セットを用意したんです。 ところが、その途端に不快になられたようで、クラス全員が電気ショックをいただきました。 結局書道セットを使わないまま、全員その場でひたすら謝罪して――学園なので、もちろんマンズリしながらです――お終いでした」
私も前回の書道を思い出します。 Cグループ1組担任でもある教官は、明らかにぶっきらぼうでした。 最後まで何の説明もなく、どうすればいいのか、何が悪かったか分からず仕舞いでした。 私なりに考えた原因は、もしかしたら書道セットの開け方が悪かったのかな、手ではなく膣で開けなければいけなかったのかなとか、用意とは書道セット以外の何かだったのかな、等です。 それでも私に言わせてもらえば、少ない情報から独自に判断するってすごく勇気が必要で、あそこまで少なかったらどうしようもありません。
「あらら〜本当になんにもさせてもらえなかったのね〜」
目をパチクリさせる【B2番】先輩。
「書道セットに忘れ物があったんじゃない? 硯とか分銅とか、色々入ってるから、誰かが1つ忘れたのをみたとか」
「……それは、多分ないと思います。 書道教室に移動する前に、教室で皆して比べっこしました。 足りないケースはなかったです」
俯く22番さん。 『道具の確認をしよう』といいだしたのは彼女でした。 それだけにチェックも念入りでしたし、そもそも初めての書道なので、道具が無くなったとは思えません。
「あ、分かった。 多分コレだ」
しばらく考えていた【B29番】先輩が顔を上げました。
「書道セットに『名前』は書いた?」
「えっ……名前、ですか……書道セットの鞄には氏名欄がありました。 名前というか、あの、乳首で押した朱印っていうか、三文判ですよね……押してます」
「それだけ? 硯とか、筆とかは?」
私は22番さんと顔を見合わせます。
最初にたくさんの教科書やノートを配られたとき、副教科の教材も、もちろん書道セットもありました。 持ち主の印を入れるように2号教官から指示され、私たちは乳首を朱肉に押しつけてはスタンプ代わりにして、それぞれの冊子に恥ずかしい○印を押しました。 真っ赤になって朱が抜けなくなった乳首がズキズキ痛んでやっと、全部済ませた記憶があります。 ただ、とても急かされていたし、書道セットの中身を開けてそれぞれ印をつける余裕はありませんでした。
「何も……していません」
「じゃあ決まりですねぇ、名前は大事だもの〜。 でも、普通はその場で名前くらい書かせてくれそうですけど〜無視されることなんてありますかねぇ?」
「12号教官だったら、アリじゃない? あの人って自分の持ちクラス以外には厳しいし」
肩を竦める先輩方に、おずおずと22番さんが手を挙げます。
「ど……どうすればいいでしょうか。 判子は、その、いつでもありますけど、インクなんてもってないです。 前に名前を書いたときも、すぐ机の中に収納されました」
「HRで担任に言えばいい。 名前を書き忘れた備品があるから、インクを出して下さいって。 配布された時に名前を書いてないのはこっちのミスだから、正当な要求ってわけにはいかないけど、しょうがないもんねぇ。 書き忘れたことに対する指導は、あるかもしれないし、ないかもしれない微妙なトコだね。 まあ……頼んだ人が代表して指導される感じだよ、きっとね。 損な役回りだけど、誰かがやらなきゃだから、頑張りなさい」
「誰かが、ですか……」
チラッ、22番さんが私を見ました。
「……」
私は慌てて視線を逸らします。 こんなの、ただの貧乏籤です。 2号教官に頼み事をするなんて、目立ってしまうし、指導もあるし、これからみんなに変な役割を期待されるかもしれないし、いいこと一つもありません。 そりゃあ『やれ』と命令されたらしますけど、誰かがやってくれるなら、そっちの方がいいに決まっています。 22番さんとしては私に押しつけたいのでしょうが、そうは問屋が卸しません。 自分がしたくないなら、せめて私に頭を下げてから頼んでくれなくちゃ――
「分かりました。 明日の朝、私から2号教官にお願いしてみます」
――あ、あれ? サラッと22番さんが引き受けちゃいました。 しかも全然イヤそうな雰囲気じゃないんですけど。 こんな簡単に引き受けてくれるんですか?