Runa:「優しさの呪い」-2
次の日の朝、起きて部屋のカーテンを開けると雨が降っていた。
遅くまで課題をやっていたせいなのか、天気が悪くて気分が下がっているのか、オナニーのしすぎで疲れが取れていないのか、いずれにせよ体が重かった。
私も勇樹も、自転車で登校しているので、天候が悪い日には電車で通学しなければならなかった。
満員電車はいつも最悪だが、この時期の満員電車は特に最悪だ。
人で溢れ、車内は茹だるような暑さで満ちる。
早めに電車に乗ろうと家を出た。
ホームに着くと、既に乗車口のところには3列人が並んでいて、どこも7人くらいずつ立っている。
ラッシュを回避しようと早めに家を出たのに、これではもう諦めるしかないと、最後尾に並んだ。
電車はすぐに到着して、ドアが開く。
車内の人は、乗り換えのあるこの駅で大体降りて行くと思っても、結局本当に出たい人が降りれるように一旦降りてまた乗る人も半数くらいなので、結局人口は増えているだけだった。
ふと辺りを見回すと、隣のドアの最前列にいる勇樹が目に入った。
「あ…。」
声をかけようと思ったが、特に話すこともないし、彼はすぐに車内へと姿が見えなくなっていった。
私の体は人ごみに飲まれ、電車のドアの隅へと追いやられ、電車のドアが閉まると、より体はドアに押し付けられるようになった。
電車が動き出して、少しした時に、私の下半身に人の手が触れるような感触があった。
別にこれだけ人がいるんだし、ただの事故みたいなものだと思っていたが、次第にその手が私のお尻を明らかに撫でまわすようにしていることに気付く。
後ろもまともに振り向けないような状況化だったが、なんとか目線だけでも背後にやる。
すると、私の後ろには中年の太った男性が立っていた。
その男は電車の吊り広告を眺めているが、よく見ていると、明らかに腕が不自然に動いている。
しばらくしたらやめてくれるのではないかと思っていたが、その考えが愚かだった。
私が抵抗しないのをいい事にこの痴漢と思わしき中年の男は、私のお尻の表面から、膣の方にまで手を回してきた。
さすがに、これには耐えかねた私は、
「あのっ…!」
と視線を後ろに向けて静かに声を出した。
「ん?」
中年の男は何事もなかったかのように広告から視線を私の方へと向けた。
「この手どけてもらっていいですか?」
私がこう言っている間もこの男は手の動きを止めずに私の膣を指先でショーツ越しになぞってくる。
「混んでるんだから、仕方ないだろ。」
男はまるで自分が被害者のように顔をしかめて私を見る。
「最近の子は…そうやってすぐ大人を悪者にして。被害者みたいな顔してるんじゃないよ。」
男はあろうことか、自らが私の言いがかりで被害にあっていると主張をしてきた。
理不尽極まりなくて、怒りを通り越して呆れてしまう。
周囲の大人も誰も助けてはくれず、朝から面倒事なんて勘弁してほしいと、自分たちが迷惑そうな表情をしている。
一番の迷惑を被っているのは私自身だと言うのに。
この男の理不尽な主張にどう反論してやろうか、一生懸命言葉を選んでいると、男の指先は更に調子づく。
私のショーツをずらし、「ほら、迷惑かけたらごめんなさいって謝らないと。当たり前のことだよね?」とまで言い放った。
男の指先を何とか退けようと、スカートの方に手を伸ばそうと試みるが、思うように身体は動かない。
そして、電車は私たちの高校の最寄駅に到着した。
「チッ…。謝ることもできねえのかよ。馬鹿な女だ。」
とその男は平静を装って、私と同じ駅で降りるべく、ドアの方へと向かっていった。
許せない。なんで被害者の私が辱めを受けて、馬鹿女呼ばわりされなきゃいけないのか。
この変態オヤジにこれでもかってくらいの罵声を浴びせてやりたいのに、そんな言葉も浮かばない自分が惨めに思えてきて、目の前が霞む。
泣きたい気分ではなく、怒鳴りたいのに、言葉が分からなくて、涙が溢れてくる。
最悪だ。死んじゃえばいいのに。
そんな時だった。
「あー、すいません、降ります!通してください!」
と聞き覚えのある男の声が近づいてくる。そして、電車のドアが開いてすぐに、
「おい!おっさん!」と中年男の肩に手が伸びる。
それは私たちの高校の制服の袖だと一目でわかった。
「なんだ君は。」
と中年男は煙たそうな顔つきで肩に伸びている手の方に顔を向ける。
そして、次の瞬間。
勇樹が、車内の人を掻き分けて視界に入ってきた。
中年男の右腕を上に挙げて、勇樹はあろうことか、その指に噛みついたのだ。
「あぁぁぁぁ!!いってえええ!!何すんだこのクソガキィ!」
男は子供の様に大きな声で喚き散らして、その場にしゃがみこんだ。
「瑠奈ちゃん、降りるよ。」
そして更に人を掻き分けて私の腕を掴んで、降りる人々に流されるように電車を出た。
勇樹はそのまま私の腕を掴んで駅の出口に繋がるエスカレーターへと走っていく。
後ろを振り返ると、手を押さえて痛そうな表情をした中年男が、私たちの方を指差して、駅員に大きな声で話しているが、その内容は聞き取れなかった。
ざまあみろ。目に溢れて零れかけていた涙も、嘘みたいに引いていた。