【眠れぬ夜を抱いて】(コバ×ミキ)-1
篝火が夜の闇に揺らめいて
時折、すれ違う人の顔を紅く照らす
花華院の紋の入った喪服
黒い着物の裾を震える手で直して、美木は人も疎らとなった酒宴の席を辞した
自分を、幼き頃より守護し育ててくれた坂月が酒に酔いつぶれる様を初めて見た
それほどまでに祖父の突然の死の衝撃は大きかった
ただ一人の肉親を失った喪失感
心にぽっかりと開いた大きな穴はちょっとやそっとで埋めようも無く、
ただ開いた穴を風が通り抜けるたびに嗚咽がこみ上げてきた
だが、これからこの花華院を背負っていかねばならない身
客人に涙は見せられない
心の中で大粒の涙を流しながら美木は気丈に新しい当主として振舞っていた
つぶらな黒曜石を思わせる黒い瞳のその奥に少女の自分を押し隠し花華院の新しい当主という名の重い仮面をつけ祖父の遺骨が祭られた祭壇に蝋燭の火を足し、香を炊いた
ひっきりなしに訪れた人々も葬儀が終わると潮が引くように帰って行き後は遠方から訪れた親族が数名、酒宴を続けているだけとなると侍女のタキが、美木にもう休むようにと気遣ってくれた
この三日、ほとんど眠ることなくやってこれたのは祖父の突然の死を知って、支えてくれた恵をはじめとする友人たちが居たからだった
そのなかでも小林がいてくれたことが美木に力を与えていた・・・
人払いをして美木は自室にようやく戻った
誰もいない広い部屋無性に寂しさがこみ上げてきた
なのに涙が出てこないどこかが壊れたみたいにこんなにも泣きたいのに思うように涙が出なかった
そこに───
トントンっと扉を叩く音がした
「は、はいっ」
美木はあわてて扉をあけた
「!」
そこには、既に帰ったと思っていた人物が立っていた
「小林君、どうしたの?」
呆然とする美木に小林は涼しげで優しい微笑を浮かべていた
「どうしても・・・美木さんが心配になってしまって」
「小林君・・・」
美木は切なげに潤んだ黒い瞳を小林に向けた
さらりとした黒髪が揺れてきりりとした端正な面立ちの若者はその腕の中に少女を包み込んだ
「美木さん、泣きたいだけ泣いていいんですよ・・・ここには俺しかいませんから」
「小林君・・・私・・・私・・・」
美木の潤んだ黒い瞳は堰を切ったようにたちまち涙で溢れ、小林の腕の中で頬を濡らした。
小林は腕の中で細い肩を震わせている美木をそっと抱きしめていた
美木の身体に染み付いた麝香の香りが小林の心の中に染み込んで来る
ざわめきにも似た熱い想いが沸き起こり、この温もりを己が物にしたいと騒ぎ出す
「美木さん・・・愛しています」
「・・・・あ」
小林は壊れ物でも触れるように美木の涙に濡れる頬に手を添えて包み込むように唇を重ねていた
この優しくついばむような口付けで美木は己が想い人が自分を何より大切に想ってくれているのだと知った
そして自分がこの人を自分が考えていた以上に深く愛しているのだと気が付いた
この人の存在が今の自分の支えなのだと
頬を伝う涙が失った心の隙間を少しずつ埋めていくのを感じていた
美木はすがる様に小林の胸に顔を埋めた
「すいません、美木さんこんな時に・・・」
顔を紅くして小林は俯いた
このままではすまなくなる
そう思って小林は美木を抱きしめる腕を緩めると美木の短く切りそろえられた黒髪のひんやりとした感触が小林の指の間をすり抜けた
恋しくて
愛しくて
己の命より大切に想うひと
勇気を振り絞って告白した日を昨日の出来事のように思い出せる
最初はとても驚いた顔をしていたあなたが頬を染めて、嬉しそうに頷いてくれた
お互いに想いあっていたのだとわかった瞬間の奇跡を一生忘れることは無いと思う
夕暮れの公園で将来の夢を語り合っていた時
あなたの愛らしい微笑みに引き込まれた
あまりにも自然に重なり合った唇の甘い感触にそれが初めての口付けだったのだと気が付いて頭の中が真っ白になった
ゆっくりと穏やかに日々深まっていく気持ち
昨日よりも今日
今日よりも明日
もっと、もっとあなたが好きになっていく
いつしか触れ合える肌の密度を増したいと夢想するようになった
それがいけないことだとわかっていたから己の心のうちに押し隠してきた