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真っ暗闇の中、手さぐりに照明スイッチを探す。
明るくなった室内で私は素早く靴を脱ぎ、ジャケットを脱いだ。
「ただいま」
鞄を床に手放したのち、洗面所で手洗いうがいを済ませ冷蔵庫の扉に手をかける。
――金曜日だし、拓巳(タクミ)もきっと今日は多分ご飯食べてくるんだろうな
時計を眺めながらまだ来ていない来客のことを考えた。
冷蔵庫から、卵とベーコンや残りものの萎びた野菜を取りだし、なけなしの材料を並べながらキッチンに立つ。
一人分の質素な食事を作り終えると、洒落っ気もなくワンプレートに盛り合わせる。
ソファの上で居間のリモコンに手を伸ばし、ただ味気ない料理を口に運びながら、テレビを眺めた。
バスルームで湯を沸かしたころ、来客を知らせる呼び鈴が室内に鳴り響く。
「明香里、俺。開けて」
扉の向こうの聞き慣れた声を耳にして、思わず笑みがこぼれる。
「お疲れ。早いね。私お風呂まだ入ってないんだ」
頷く拓巳は、どことなく週の疲れを滲ませながらネクタイを緩めた。
「お疲れさん。鍵閉めといていい?」
「うん」
ドサリとソファに座る彼の引き締まった両ふくらはぎが、フローリングで足を延ばしている私の上半身を挟みこむ。
「今日拓巳、お風呂先入る?」
背後を振り向きながら問うと、少し微笑んだ彼は私の右腕を引っ張った。
「同時で良いだろ」
◇◇◇
私の恋は、23歳で終わった。
君は人を本気で好きになったことがあるか?とある人に聞かれたことがある。
間違いなく、私にはある。親友には、見る目がないと言われたけど、あれは本気の恋だった。
それは私の予想に反して儚く終わりを告げた。
ある日、体調不良を理由にデートをキャンセルされた。
キャンセルの電話がかかってきたとき、見舞いに行くと言った私に、当時付き合っていた恋人の誠司は「うつっちゃうから、来なくて大丈夫だよ、明香里(アカリ)も忙しいだろ」と言ったけど。
心配だった私は翌日誠司の家に足を運んだ。先約だった親友の約束を断って。
誠司は、滅多に体調を崩す人ではなかった。
訪問すると、たしかに誠司はベッドに横になってはいた。
でも、彼の身体の上には見覚えのある女、友紀まで乗っかっている始末。
“明香里……なんで?”
青ざめた顔をした二人は私の顔を見て、つぶやきながら動きを止めた。
なんで、ってそんなこと、私が聞きたい。
結局その日、大学時代からの付き合いだった二人を私は失くした。
正確にいうと、謝る誠司と友紀を私は突き放した。3年付き合っておきながら、あんなに潔く認められて謝られて。こっちの身にもなってもらいたい。
恋人も友達も同じ日に縁を切るのは、もうあの日で最後にしたい。
思いっきり泣けばいいよと、親友に言われて涙を流せたのはそれから1週間経った頃だった。