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「そうだな。確かに前は彼女なんて面倒だって思ってた。前にも言ったけど、彼女なんて作らないって言ったのは、前の元カノの束縛がひどかったから」
「……」
「今は……明香里がいてくれたらそれでいい」
顔をあげた私に、巧巳はコツンとまた額を突っついてくる。
黙り込んで見つめていると、苦笑しながら腕に力を込めてきた。
「あの日。ホテル行った夜、正直ラッキーだと思った。明香里は酒入っててあんまり覚えてないかもしれないけどさ。……順序違うけど朝ちゃんと話すつもりだったんだよ」
「でも、お前、気にしないで下さいって言うし。そのくせ寂しがり屋のくせに強がりだし。自分から会いたいとか言わないし。身体だけのほうが楽とか言うからさ。なんか放っておけなかったんだよな」
「言っておくけど、俺人の家に泊まるの嫌いだし、お前のところぐらいしか来てない。自分の家にもお前ぐらいしか泊めたりしない。好きな子だけ」
わかったか、とばかりに私の額をコツコツと突く。
拓巳のよく通る声。夢なのか現実なのかわからない状況の中、視界がぼやけてくる。私の頭を大きな手のひらはやさしく撫でつづける。
「もういいだろ。家は来月以降も今のところから通うし、引っ越しはしないから。合鍵は明日にでも渡す。好きに来ればいい」
「……合鍵って…」
唖然としたまま、ぼやけた視界の向こうの拓巳をただ見つめる。
「……だから、どうせあんまり会えなくなるとか言うな。俺はお前の元カレと違って卑怯なことはしない。来たかったらいつでも来いよ」
真っ直ぐにこっちに向けるその眼差しを受けて、瞳から雫が溢れないようにただ堪えた。
飲みながら笑い飛ばしてくれたあの私の愚痴も、この人はちゃんと覚えていたんだ。
何度も頷くと、拓巳はようやく笑って私の頭を抱えた。
恋愛で相手とぶつかりあって、傷つくことがあると思うと、怖い気持ちはまだある。
だけど、拓巳のことは信じてみたい。逃げ腰には、もうならないようにするから。
この人と、もう一度向き合いたい。
そう思いながら拓巳の背中へと回した手に力を込めた。
「ありがとう」
「……お礼もいいけど。それよりも。さっきさ、横になりながら寝ぼけてたからお前の顔見れなかった」
もう一回言って、と子供のようにつぶやく彼に、応えるように額を寄せる。
「拓巳が大好き」
そう言葉にして、顔を寄せたままでいたら不意に鼻の奥がツンとした。
視界がまた滲んで見えてくる。
そんなグズっている私の背中を、拓巳は困ったように笑いながら撫でてくれた。