響子の決意-1
【響子の決意】
「ただいま〜」
何も知らない拓哉がいつもどおりに、能天気な調子で帰ってきた。
「お帰りなさい」
響子もいつもどおりに、玄関先で出迎えた。
「あれ?春奈は?」
いつも自分の帰宅をにこやかに出迎えてくれるはずの娘の姿が無かったため、拓哉は訝しげに聞いた。
「和室に籠って出てこないのよ」
響子は狭い廊下を少し進み、洋間の前で振り向いて答えた。
「一体どうしたんだ?」
響子は廊下に立ち止まったままの拓哉の手を引いて、そのまま洋間に引っ張り込んだ。
「何なんだよ、何があったんだよ?」
帰宅早々、腕をグイッと引かれた拓哉は、わけがわからなかった。
「昨日のセックスのことよ」
「何だって?」
「昨日、途中で春奈が起きちゃったでしょ。あれであたしたちがしてたのバレちゃったのよ」
「けどあれって、上手く誤魔化したじゃないか」
「問題はその後のことなの。拓哉くんたら、口でさせたでしょ。それを春奈が見てて、それがショックで籠ってるのよ。今朝も様子がおかしかったことに気づかなかった?」
自分も気づかなかったことを棚に上げた。それよりも、本当は拓哉が響子の陰部を舐めていたことを知って、より以上のショックを受けたことは言わなかった。
「こうなったのも全部拓哉くんのせいだからね」
「うそだろ…」
自分に懐き、自身も溺愛している春奈にアレを見られていた。拓哉は自分の浅はかさを悔やんだ。
「うそじゃない!しっかりと見られたのよ」
「ああ、どうしよう?」
今後の春奈との接し方に困惑した拓哉は頭を抱えた。しかし、このまま放置しておくわけにはいかない問題だったので、拓哉は直ぐに気を取り直した。
「オレから声を掛けてみるよ」
「勿論そうして貰うわよ。でもそれは後のことよ。それよりもこれは一体何よ!」
響子は拓哉の目の前に、フォアッションヘルスのサユリの名刺を差し出した。
「こ、これは…」
春奈のことで引いた血の気が、カラフルな名刺を前にして一層引いてきた。この名刺には思い当たる節があり過ぎた。
「だからこれは何よ?ファッションヘルスですって!これって気が合えば本番もあるそうじゃないのよ!やらしい!」
「ほ、本番なんてやってない、いや、そうじゃなくて、な、何でもないんだ、そ、そうだ、それ、道路に落ちていたんだ。だからゴミ拾いのつもりで拾っただけなんだよ」
苦しい言い訳だったが、これを押し通すしかなかった。
「うそつかないで!じゃあ、どうして名刺の裏に、『また指名してね、拓哉くん』て書いてあるのよ!」
実際はそこまでは書いていない。しどろもどろに言い訳をする拓哉にカマを掛けたのだ。
「うっ…」
名刺の裏に何か書かれていたのは覚えていたが、自分の名前まで書かれていたかは直ぐに思い出せなかった。結果として声を詰まらすしかなく、拓哉の思惑はアッサリと崩れた。
「言い逃れができないみたいね」
響子の冷ややかな目が痛かった。