【白日の彼方に】-1
「ぜんっぜん、動かないわねぇ」
溜息と共に呟くと、愛花は外気との温度差に白く曇ったリアウィンドウに、その細い指先を滑らせた。
窓の外を伝う水滴に沿って、ガラスに細い線が描かれる。
……。
買ったばかりの新車に何しやがる。と、他の女がやっているんじゃ小言の一つも言っているところだが、愛花なら、まぁいい。
それに、いい加減この状況にウンザリしているのは、一緒だ。
折角の愛花との初ドライブだというのに、ついてねぇ。朝出かける時には晴れていたのに、昼飯食った辺りから曇りだし、結局あまりウロウロ出来ないままに雨となり、そして帰りのこの渋滞。
海沿いの一本道だ、避けようがねぇ。事故か。工事か。それとも、……どこのどいつだ、遅いのは。
「こんなんじゃ間に合わないかなぁ」
さっきから前方に見えている同じ信号機が、また点滅しだしたのを見ながら、愛花が独り言ちた。
ドライブの帰りに街の画材店に寄ってと頼まれていたんだが、店が閉まるのは7時。この調子じゃ、後少しで脇道に入って渋滞を抜け出せたとしても、ギリギリ間に合うか合わないか、微妙なところだ。
「もういいかなぁ。また今度で」
小さく溜息を吐きながら諦めの言葉を呟く愛花に、「明日、絶対にいるとか言ってなかったか?」と
声をかけると、愛花は「うーん」と首を傾げた。
「絶対って訳じゃないのよ。けど、いつも……先輩に借りてばかりだから、そろそろ自分で買おうかなって思ってたのよね」
先輩。
その言葉に、微かな違和感を感じた。
部活をしている愛花の会話の中には、先輩は何人か登場してくるんだが、こういう時の先輩は一人しかいねぇ。
あいつだ。
愛花がバレンタインディにチョコを渡したという、あの野郎。俺が、愛花を初めて抱いた、あの時の、あのチョコの相手。
あの後、俺に抱かれ……いや、犯され、バージンを奪われたにも関わらず、愛花は夜中までかかって先輩へのチョコレートケーキを作り上げたらしい。そして翌日、バレンタインディにはキッチリとその先輩とやらに手渡したというのだ。
女は強ぇ。
前日、その先輩へやる為のチョコレートを自らの身体に塗りたくられて、俺に、……実の兄に、あんな目に合わされたというのに。
……。
あの時から、もうじき一年になろうとしている。
ちらりと、助手席の愛花の顔を盗み見る。退屈そうに窓ガラスにのの字を書いてる愛花の横顔は、あの時と変わらず、ちょっとおっとりとしていて、実に可愛らしい。
あの時の俺は、どうかしていた。
確かに前々から愛花のことは大切に思っていた。いや、大切と言うよりはそれ以上に、実の妹に対しての感情以上のモノを持っていたのは、事実だった。
ふと見せる仕草。俺に向けられる笑顔。実の兄である俺の後ろをくっついてくる、屈託のない行動。
それすら、俺にとっては、ともすれば欲情を掻き立てられる行為だった。
いつからとかは覚えてねぇ。ハッキリと愛花を妹としてだけでなく、『女』として意識しだしたきっかけなんかは、ねぇ筈だ。
それでも、あの時以前も何度かは、頭の中で愛花を犯していた。他の女とヤる時も、たまに脳内で愛花とすり替えてヤっていた。
けれど、実際に実の妹を犯すに至るとは、自分でも思ってはいなかった。
そんな事。そんな、恐ろしい事。出来る訳が無いと思っていた。
そんな事をしてしまえば、兄妹という関係、家族という絆さえ消えてしまい、俺はもう二度と愛花と会えなくなるだろうと思っていたから。