【白日の彼方に】-11
ああ、そんな乱暴にしたらシートが毛羽立つだけなのに……。
つか――、
「したかったから、いいんだよ」
「なっ!……、……」
俺の言葉に、何か言いかけて、愛花は一拍おいて口を噤んだ。
今の間は、なんだろう?
肩を落としティッシュを更に取り出して、俺に背を向けるようにして自らの濡れたところを拭いだした愛花に目を向ける。
その言葉は分からない。けど……。けど、俺には聞けない。
それは多分、聞いてはいけない台詞だと思うから。
聞いてしまえば、俺はもう、愛花を抱けなくなるだろうから。
足元に落ちてしまったパンツを拾い上げ、パンパンと埃を払っている愛花を見詰める。
俺は愛花を抱きたい。もっと、愛花を抱いていたい。許されるならば、このままずっと、二人で……。
だから、この関係が壊れそうな台詞は、聞かない。聞きたくない。
「何よ」
身を捩りながらパンツを履く愛花を見ていると、愛花に凄い目をして睨まれた。
『変態』と、その目が言っている。
「愛花」
俺は軽く目を閉じて、その事実を受け流すと、もう一度、今度は正面から愛花の顔を覗き込む。
「なっ、何よ?」
戸惑った声。思いもかけず真面目が声が出て、俺の方もビックリする。
俺は、何が言いたいのだろうか。言っても、仕方のない言葉を吐きたいのだろうか?
言っても、どうしようもない言葉。巷に溢れすぎて、誰もその言葉の持つ崇高さなど微塵も信じちゃいない、陳腐なだけの言葉を。
俺には、愛花に言うことが出来ない言葉を……。
――愛花、俺はお前を……、
「愛花……」
言葉が自然に口から溢れ出す。愛花の大きな瞳の中に、俺が映っているのが見えた。
もの凄く、馬鹿みたいな顔してる俺が。
……。
俺は馬鹿だ。それは分かっている。けれど、それを直視してしまってまでも、馬鹿でいられるほど、神経が図太くは出来てねぇ。
微かに溜息を吐くと、もう一度目を閉じる。そして、サイドブレーキを解除しワイパーを動かすと、ハンドルを切ってウィンカーを上げた。
「愛花」
今度は、つとめて何気ない調子の声が出た。
「うち帰って、……この続きをするか?」
訝しげに俺を見る愛花を振り返り、ニヤリと笑って見せる。
「お兄ちゃん?」
愛花の可愛らしい眉の間に、無粋な皺が刻まれた。
もし……、もしお前が、俺で良かったら――
『良い訳がないでしょう』って言われたら、そのあまりの正当性に何も言えなくなるから、そんな選択肢は与えてやれないけど、それでも……。
衝動的に口から出そうになる言葉を、もう俺は押さえられない気がする。
例え、全てが終わるとしても。
お前が、もし、俺で良かったら、俺はこのまま、お前を……。お前を、俺のモノに。
「愛花……」
しかし、その言葉は、またしても言う機会を失った。
言わずに済んだとも言える。
「うん」
俺の言葉に少しだけ微笑んだ愛花が、微かな声で、それでも確かに、
そう、言ったから――。
【FIN】