接触する2人-1
健太郎との不倫がバレてはいないだろうかと怯える日々を送る中、紗英の胸を騒がせる言葉を夫の義孝が口にした。
「お前の会社に丹野健太郎っているのか?」
その一言に心臓が止まるかと思うほどにドキッとした紗英。動揺が表に出ないように何とか平静を保ちながら答えた。
「い、いるよ…?どうして…?」
怖い。義孝から出てくる言葉が怖くて仕方なかった。不倫を疑うような事があればこの瞬間から人世が大きく変わる事が必至だからだ。その場合、どこまで知っているのか非常に不安であった。紗英は探るように聞いた。
「そうか。どんな奴だ?」
心臓が激しく鼓動する。額に汗が浮いてきたような気がした。
「どんなって…、会社の中で一番仕事が出来る人…かな…?」
「へ〜、いくつだ?」
「私と同じ歳よ…?」
「そうなんだ。」
バレているならはっきり言って貰った方がまだマシだ。じわりじわりと自分を責めるつもりだろうか。紗英は義孝の言葉を待つ。生きている心地がしなかった。そんな紗英に義孝は言った。
「今度うちの担当がその丹野って奴になると連絡があったんだよ。今の担当が微妙で北村工業との取引を考え直さなきゃならないかなと話が持ち上がっててさ、うちの社長が北村工業の社長にその旨を伝えたら、すぐに担当を丹野健太郎って者に変更すると返事があったみたくてな。だから丹野ってのがしっかりした奴なのかどうか気になってな。」
もしかして不倫の話を切り出す前説なのかとも思ったが、どうやら違うらしい。強張った体から余計な力が抜けた。
「丹野さんなら大丈夫だと思う。次期支店長とも言われてるぐらいだし、丁寧で優しいから…。」
義孝は安心したような笑みを浮かべた。
「それは良かった。彼と会うのが楽しみだ。」
義孝はそう言って新聞を広げて読み始めた。
(良かった…、バレてなくて…)
紗英は思わずその場にへたり込んでしまうのではないかと言う位に力が抜けたのであった。