『Determined Miracle〜藍田咲子の長い一日〜』-1
受験生の朝は、眠い。
「あ〜。ヤになっちゃうよ。何が悲しくて歴代総理大臣の名前覚えなきゃなんないんだよ。いくやまいまい、おやいかさかさ……」
私は朝の儀式のように、歴代総理大臣の名前の頭文字を唱えた。まるでお経の如く。
「伊藤博文、黒田清隆、山県有朋、ま……って、だれだっけ?」
親友の時子が、私の髪をくるくると弄びながら初歩的なところでつまずいた。彼女はセンター中心の入試をする予定だから、そこまで詳しく日本史をする必要はないのかもしれない。
「最初の『ま』は……」
そこで私の言葉は止まる。
眠そうにぼりぼり頭を掻きながら教室に入ってくる男の子が目に入ってしまったから。
寒いのか、はあっと手に息をかけたりもしている。今年の11月は嫌味のように寒い。
「笹木王子、登場。」
面白そうに時子が笑い、私は反対にぶすっとする。
どう贔屓目に見ても、王子様という柄ではない。
ぼさぼさの髪にひょろながな身長。眼鏡をかけてふらふら歩いている。
一般的にカッコイイ男の子とは言えないだろう。
でも、どうしてだか、とても気になる。目が追ってしまう。ほぼ無意識のうちに。
「受験の一番の敵は恋なのに……。」
「一番の味方も恋かもよ。」
にやりと笑う時子をじろりと睨んだ。そんなのは、ありえない。そしてそのことを時子自身だってよく知っているくせに。
「そんな睨んだって成績は良くならないわよ。ほら、先生来たし。」
姉のように優しく笑って、時子は私に前を向くように促した。
今日も退屈な、しかし大切な、受験生の一日が始まる。
※
午前中の英語と古文を終えて、やっと昼休み。
私と時子はお弁当を広げた。
「ああ。神崎瞳、またやってるよ。」
箸で時子が右の方を指した。
そちらの方を見やると、笹木がその友人早瀬とパンを噛り付いているところに、神埼瞳がべったりとくっついていた。
早瀬のほうに背を向けて、まさに笹木狙いという感じで、一生懸命しゃべりかけている。
「あれ、絶対に笹木から神崎瞳のブラ見えてるよ。全部計算だね、怖い女。」
時子が言う通り、神崎さんはセーラー服の胸元をちょうど笹木から見えるような角度を狙って腰をかがめたりしている。