『Determined Miracle〜藍田咲子の長い一日〜』-3
「僕の前に道はない。」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
「僕の後ろに道はできる……って何文学してんだよ、高村光太郎だっけ?」
からかうような声に振り向くと、笹木がいた。
あまりの恥ずかしさに、声を失う。
「な、なんでいるの?」
どうにか言うと笹木はズイと一枚の紙を突きつけてきた。
「これ渡せって担任が。お前、さっさと教室出て行っちゃったからさ。」
渡された白いその紙は、『進路調査表』。
これまで何度書いてきただろう。見るだけで頭が痛くなる。
行きたい大学は決まっている。ただ実力が思うようにつかない。
イチかバチか。
国立狙いの笹木とはどうせ一緒の大学にはなれない。
笹木は地元の国立が第一志望。私は東京の私立が第一志望。
住む場所だって離れてしまう。
あぁ……なんだかもう、何もかも、うまく行かない気がして来た。
「受験なんて、したくないな。」
ポツリと漏れた私の弱音に
「じゃあしなければいいじゃん。」
笹木は容赦がない。
「そういうわけにはいかないよ。」
「なんでだよ。」
「だって……」
皆受験するし、ここ進学校だし、なんて言葉が彼に通用しないことを私は良く知っている。
言いよどむ私に、
「別に大学こだわる必要はないだろ?大学なんて行かなくても自分のやりたいことをやって生きていけばいいんだ。」
冷たい言葉。淡々と吐かれる正論。
一瞬にして、なぜ自分が、この酷く正しいことを平気で言い放つ男を好きなのか分からなくなる。
泣きそう……そう思った瞬間、頭をくっしゃっと撫でられた。
「もう考えずに、やるしかないでしょ。ここまで来たら。」
そういう笹木の声が、優しさに溢れていて、私はどうしようもない愛しさでいっぱいになってしまった。
そうだ。私はこの、私にはない正しさと優しさと強さに強烈に憧れているんだ。