〜 道徳・生命 〜-1
〜 29番の道徳 ・ 生命 〜
『命に貴賤はありません』
『人類はみな平等です』
『生命はお金では買えません』
幼年学校で習った言葉の数々は、思い出すたび勘に障る。 全くもって嘘っぱちだ。 命に貴賤はあるし、人類は平等ではないし、生命はお金で買える。 こんなの、すべて当たり前の話で、大切なことなのに。 幼年学校じゃ教えて貰えなかった。 こうなってくると優秀でない命に価値はないわけで、命なんてすべて平等に醜いとさえ思えてくる。
その上で、それでも生命は美しい、美しい生命は存在する、そう2号教官は断言した。
――何となく生まれ、何となく餌を食べて生育し、何となく牧場から連れ去られ、解体される直前になって自分の運命に恐怖し、暴れ、麻酔で眠らされ、知らない間に解体される牛。
目的をもって(つまり、解体されるために生まれ)、目的をもって生育し(つまり、解体されるために生育し)、目的をもって牧場を後にし(つまり、解体されることを知った上で牧場を去り)、解体される直前になっても動じず(つまり、解体されることに誇りを持ち続け)、暴れることもなく、麻酔で眠らされることもなく、笑顔で解体される牛。
両者を比較して同じ命に見えるなら、それはそれで構わない。
けれど、もし、2つが違って見えるならば。 その差こそ、現代の優秀でない生命に隠された、美しさの鍵といえはしないか――。
曇った私は、教官の言葉を次のように解釈した。
『お前たちは、どんな命令に対しても笑顔で答えることでしか、この世に価値を見いだせない。 例えば殿方に『その場で自慰をしろ』と言われれば自慰に耽るし、『死ね』と言われれば死ぬのだが、嫌々従うのではなく、晴れやかに進んで従うことで、ようやく価値ある存在になれる』
……そんな価値なんて、はっきりいって、これっぽっちも欲しくないです。
といったところで、お仕着せの道徳がそっぽを向いてくれるわけもない。 道徳の教科書、第3章。 テーマは『生命を輝かせて』。 項目は以下の3つになる。
@かけがえのない自他の生命
A美しいものへ畏敬の念をもて
B気高さを信じて生きよう
幼年学校時代であれば、素直に取り組めたかもしれないが、学園生活を経た今になって、こういったテーマに真面目に取り組めるかといえば……いや、今更いいっこなしか。