スノードロップ-1
いつ頃、誰から聞いたのかは忘れてしまった言葉を思い出した。
『希望と絶望は何時だって背中合わせの存在』だって。
聞いただけで実感を持たなかった、素通りしたはずの言葉だったのに、今はその言葉の意味を心身共に実感してる。
馬鹿だったね、私。
綺麗事や理想ばかりを描くだけの子供だったのは、私のほうだった。
怖くて伸ばせずにいた両手を伸ばしたい。
私の心が望む場所へ。掴みたい事柄や、求めてる人に向かって。
希望を持って、そう覚悟を決めて、しっかりとひとつ頷いて、ロッカールームのドアを開けると、
「こうせいちゃん…お疲れ様」
そう言ってぎこちなく笑む佳那汰君に、
「お疲れ様」
なんだか私もぎこちない笑みを浮かべて、先刻の覚悟はどこへやら、次の言葉が出せずに床に視線を落としてしまった。そんな私に歩み寄り、
「そんな萎れた顔、しないで欲しいな…」
佳那汰君は私を抱き締めよう手を伸ばした。だけど、私はその手から逃れよう、一歩後退り行為をかわした。
佳那汰君は小さく息を吐き、
「…そっか、これがこうせいちゃんの出した答えなんだね…」
寂しそうな声色を部屋に漂わせた。
「…ごめんね、佳那汰君…私――」
「あー、もういいよ。ボクの作戦ミスなんだから仕方ないさ」
「え…?」
作戦ミス?
その口から発せられた言葉の意味がわからず、疑問符を浮かべながら佳那汰君を見ると、
「惜しかったなあ。こうせいちゃんて男知らないからさ、ちょっと優しくすれば簡単に那由多から奪えると思ってたんだけどね」
「な…に…?」
「はっ、まだわかんないの? つか、昔の小さな出来事ごときで、ずっと人を思っていられるなんて、そんな事本気で信じるなんて。純粋通り越して馬鹿だろ」
そう言って肩を揺すり笑う佳那汰君の表情は、以前那由多に向けた、仄かに暗く冷たい、人を憎む歪んだ表情だった。
「那由多がべた惚れしてる女が、昔ちょっと知った人間だってわかったら、有効利用しない手はないでしょ?」
口元だけに微かな笑みを浮かべて、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。そんな詰められ方が怖くて、足が一歩、また一歩と後退りを繰り返して、ドアを背に逃げ場がなくなった。
「僕はね、那由多が大事なものを失って、苦しむ様が見たかっただけなんだよね。その大事なものがたまたまこうせいちゃんだった。それだけの話」
冷たい視線を浴びて、体の底から震えが立ち上ぼり動けなくなってしまった。そんな私の耳に飛び込んできたのは、ドアの鍵を締める不吉な音だった。
「まあいいや。大事なものが苦しんだら、アイツも同じくらい痛いだろうしね」
「やめ…て…、大声だす…よ?」
「出すなら出せば? 犯罪者が出れば、店の名前に傷がつくよね? 女性客の多いここで、性犯罪者なんかが出たらと思うと、僕にとっては凄く喜ばしい事だよ」
そんな佳那汰君の言葉で理解した。
この人は、始めから壊す覚悟でいたんだって。
「…どうして? どうして、そこまで那由多を…」
「僕の欲しいものを全部奪ったからだよ。親の愛情も、好きな人も。僕の望むもの…全部ね…」
「…んっ…!」
そう言いながら、唇を塞がれた。