〜 理科・生物 〜-1
〜 22番の理科 ・ 生物 〜
『学園』のカリキュラムに『まとも』なものなんてあるわけない。
……そう思っていた時期が私にもあった。 いや、本当のところは、このカリキュラムだって全然まともじゃない。 それでも、上手くいえないんだけど、まともの片鱗はあるというか、狂ってはいるけれど学問の一部として許容範囲というかか……とにかく私は『生物』の講義と演習を通じ、様々な技術と智識を身につけた。
身につけた技術を挙げるなら、まずは生き物を『解剖』する技術だろう。
実験室の1つ、生物室。 私たち1人1人に、それぞれ『解剖セット』が貸し出される。 解剖ハサミとピンセット、メス、安全ピン等が詰まった、ごく普通の『解剖セット』だ。 学園の備品といえば牝の性根を刺激する用途に特化しているイメージなので、普通であること自体が驚きに値する。
実験机は強化テフロンで加工してあり、汚れはつかず液体ものらない。 黒板横にはスクリーンが下ろしてあり、白衣に身を包んだ20号教官の手元を大写しにしてある。 教官が実例で示す手順に従って、私達も生き物の体内を観察できる工夫だ。
『硬骨魚類(アユ)』に始まって、『軟骨魚類(エイ)』、『軟体動物(イカ)』、『両生類(カエル)』、『爬虫類(トカゲ)』というように、私達はメスを握った。 アユの内臓を綺麗に取り除き、エイの鰭(ヒレ)を根本から無駄なく削いだ。 イカの甲骨を抜いて嘴(くちばし)を抉(えぐ)り、脳を潰しても反射するカエルの足を切り離した。 トカゲは手足を伸ばしてから正中線に串をうち、肛門から口まで貫いた。
解剖を通じ、各種内臓の位置をはじめ、見分け方、内容物、働きを実地に学ぶことができた。 教官の手際は圧倒的で、対象の手足に針を打つと、全く躊躇せずにメスを入れる。 素早く切るため、私達と比べて出血量が段違いに少ないし、切った後の肉質に乱れがない。 しかもほとんど手元を見ず、あくまで視線は私達の動向を伺っており、口はずっと解説していて休みもしない。 冗談抜きに達人の域に入っていると、私には思えた。 きっと何百何千と解剖に携わったから、あんなに上手に捌けるんだろう。
解剖のあとはスケッチだ。 死体、それも死にたての生物特有の生々しい香りの中、自分が引導を渡した身体の図示に勤(いそ)しむ。 点の多寡で濃淡をあらわし、主線ははっきりと、副線は細く、しかしはっきりと描く。 美的センスよりも科学的な視点を優先し、ありのまま、見たままをスケッチブックに写す。
スケッチの腕も、教官は私達と比べ物にならない。 何度か手本を示してくれたが、視線は対象を凝視したまま、手許は全く見ずに描いていた。 それでも線はぶれないし、ぐるっと回って元の場所にピタリと収まる。 輪郭も内部構造もキッチリ写す様子に、教室の彼方此方から嘆声があがる。 素晴らしい手本を見せてくれたおかげで、私達生徒もあるべきスケッチの姿が理解できた。 スケッチで目指すべきなのは、綺麗な画ではない。 端正な図だ。
解剖からスケッチに至るまでは、膣や肛門の出番がまったくない、『学園らしくない』授業の時間だった。 ただ片付けの段になると、学園らしさが戻ってくる。 スケッチを終えた解剖の残骸を処分してから、道具の洗浄に移るわけだが、まず膣に洗浄用の錠剤を入れる。 錠剤を膣の奥にねじこんですぐにマスターベーションをはじめ、膣汁を分泌させ体内で撹拌すると、強力な洗剤に変化する。 血のりもリンパ液も、生物由来であれば何でも分解するスグレモノだ。
実験机上に分解した器具を並べる。 全て刃が上を向くようにそっと立てる。 私達は机に跨り、両手でこれでもかと開いた膣を、器具の上にもってゆく。 洗浄液ごと器具を包むため、そっと柔らかい媚肉を机に下ろす。 刃先で怪我をしないように、注意深くゆっくりと。 そのまま体を上下させ、何度も肌をつつかれる恐怖に震えながら、器具を膣壁で包み擦る。 腰を上下させる回数は、器具1本につき10回と決められていて、10回咥えたら次の器具だ。 メス、ハサミ、ピンセット、そして使った待ち針すべてについて、10回ずつ腰を上下させなければならない。 座ったまま股間を開き、器具を洗浄液が詰まった股間にあてがって出し入れできれば、よっぽど手早く安全に洗浄できるだろう。 けど、そういう行為は横着と見做され、認めて貰えない。
20号教官のペナルティは独特だった。 教官の速度についてゆけなかったり、解剖を怖がったり、切断してはいけない部分を斬るといった失敗を犯した生徒は、その場で『解剖台』にされた。 即ちゴムパッドの代わりに自分の『腹部』をまな板にし、別生徒の解剖台になる。 例えばカエルの解剖であれば、自分が机の上に仰向けになる。 そうしておいて、解剖対象のカエルを仰向けにし、自分のお腹にペトリののせる。 自分の手足でカエルの手足を固定し、クラスメイトが振るうメスを、カエル越しに肌で感じろという形になる。
クラスメイトが一歩間違えば、カエルの皮膚を超えて自分のお腹がサックリゆく。 そうならないためにはしっかり対象の生物を押さえねばならず、自分自身も動いてはいけない。 溢れる体液の悍ましさ、粘液性の皮膚の感触、そういったものに1時間近く耐えねばならない。
一度でも教官の指導に耐えることができた生徒は、全員が次の実験で無事に解剖を全うした。 心の中で生き物に対する踏ん切りがついたんじゃなかろうかと推測する。 もし私の推測が正しいなら、20号教官のペナルティは、実効力があるペナルティだ。 不条理な他教官の罰とは一味違った。 生き物に対する恐怖心を拭う上で、自分が解剖台になるという試みは理に適っている面がある。
器具を洗い、机上と床を膣で咥えたモップで磨いたところで、解剖の授業は終了する。