痴漢-1
夏休みに入ったばかりの平日の朝。絵理はクラスメイトに呼び出され、都心から離れた駅で電車から降りた。
都心に近い駅では、すでに通勤する人たちで溢れかえっているであろう時間帯にも関わらず、この駅は随分と閑散としている。おそらく都心からは遠く通勤に向かないためだ。
そんな駅を見渡すと、反対側のプラットホームに呼び出したクラスメイト三人の姿があった。絵理は深いため息を一つ吐くと、そちらに向けて歩き出した。
ことの始まりは一学期の期末テストの最終日。テストから解放され、あとは夏休みを待つばかりで、生徒達のテンションは高く、校内はいつになく騒がしかった。
そんな中、絵理は校舎裏にいた。目の前には隣のクラスの男子がいて、顔を真っ赤にしながら絵理と向き合っている。この男子に呼び出されて絵理は校舎裏に来たのだが、いきなり告白された。
あまりに突然で、絵理は呆然としていた。絵理自身、特別可愛いわけでもない、その辺りにゴロゴロ転がってそうないたって平凡な容姿と自覚している。対して相手はサッカー部のエース。次期キャプテンと言われていて、顔も整っている。女子からの人気は非常に高い。
そんな彼に告白されたことに驚きのあまり、思考が停止してしまったのだ。
何とか思考力を取り戻した絵理は、付き合うメリットとデメリットを天秤にかける。そうしてみると、心の中の天秤は大きくデメリットに傾いた。
「ごめんなさい。お付き合いできません。」
付き合う=村八分。容易に想像できた。女子の嫉妬は恐ろしい。女子の人気が高い男子と付き合うには、それ相応の覚悟が必要なのだ。絵理は何とか自分の平穏を守り抜いた。――つもりでいた。
クラスの女子社会にはヒエラルキーが存在する。その頂点に君臨する女子・香奈が、どこからか『絵理がサッカー部エースをふった』という情報を仕入れてきた。
そして、終業式に因縁を付けられたのだ。
香奈の言い分はこうだ。
「どんな風に誘惑したか知らないけど、あなたみたいな子が彼と付き合えるわけないでしょ。身の程というものを教えてあげるわ。」
絵理からしたらとんでもない言いがかりだった。誘惑もしてないし、身の程をわきまえたからお付き合いしなかったのだから。
いくら絵理が弁明したところで、香奈は聞く耳を持たなかった。そして、高校を平穏に卒業したければ、と前置きをして呼び出されて、今に至る。