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ViVi
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ViVi-1

誰かの人生が始まる時、どっかの誰かがタイマーをセットして、「ああ、こいつもついに、人生のカウントダウンが始まっちゃうんだな」とかなんとか呟いているという想像を、僕は生と死について、漠然とそのメカニズムを知った時からそう思うようになった。
だから、多分viviの人生が始まった、1985年のクソ寒い冬にも、彼女の人生のカウントダウンはもうスタートしていたのだ。
viviは1985年の11月に北海道の地で産まれ、2003年の8月に、僅か17の若さで死んだ。 交通事故だったから、果たしてそれがviviの人生のタイムリミットだったのかどうかは分からない。ひょっとしたら、本当はもうちょっと長く生きられたのかもしれないけれど、実際には、彼女はもうこの世界のどこにもいない。

「運命の人って、いるのかな?」と、昔恋人に訊かれた事がある。「運命なんてないよ」と僕は答えた。
冬だった。僕と恋人は、まだベッドに入ったばかりで、冷たい毛布と羽毛布団の中で、お互いの体温をもさぼる様に抱き合っていた。セックスをする気も起きない。恐ろしく寒い。こんな中を、大きなソリに「よっこいしょ」とか言って乗っかり、トナカイに引かせてプレゼントを届けるおじいさんなんて、気が狂ってるとしか思えない。…クリスマスは、好きだけど。
「運命はないの?」納得いかないといった感じに、恋人はちょっぴり拗ねている。
「ないね。全くない。運命なんて、言葉だけ。高校生カップルの、将来結婚しようなんて約束と同じくらい意味がない言葉だな」
「アタシの従兄弟、高校からずっと付き合ってて結婚したよ?」
「そりゃ、稀だ。大方のカップルは別れるんだよ」
「運命、あると思うけどな…」恋人は独り言みたいに呟く。僕も、そういった幻想は嫌いじゃない。だから、敢えて僕は訊く。「例えば?」と。
「例えば、君がこれは運命だって感じた事って何?」
例えばね、と恋人は、それは僕らの出会いだったり、と僕の期待する言葉を返した。そういうのは、嫌いじゃない。トキメキの様なもの。恋をしている時、かなり大きなウエイトを占める、それ。 朝食にハムエッグとコーンポタージュとサラダが並べられ、ポットには食後のコーヒーが準備されている。さらには、窓からは気持ちの良い朝日がこぼれている、そんな状況と同じか、むしろそれ以上に、僕はそういう甘ったるい恋愛が好きだ。恋人が好きだ。
だけど、雨が降る日もあれば、曇りの日だってある。大体、毎日の朝食なんて、昨夜の残り物ばかり。そういうもんだ。それが一般的だ。だから、その時恋人の言った「例えば」の話も、結局はあくまでたとえ話で、僕らは結局は別れた。他の大多数の恋人達と同じように。胸の中に、僅かなしこりを残したままに。

僕は28の時に、16番目の恋人と結婚した。良い恋人で、良い妻だった。結婚当時は、妻の偏った嗜好、魚介類好きに悩まされたが、それにもやがて慣れた。子供にも恵まれた。特に不満はない。だが、一度も僕は、彼女が運命の人だなんて思った事はない。だからと言って、何か困った事態が起こったかというと、それも特にはなかった。強いて言うならば、彼女のアトピーが子供に遺伝したくらいだ。だがそれも、それほどヒドくはない。

ある時、妻が息子の散歩から戻って来ると、手にCD-Rを握っていた。それは、なんだ?と僕が尋ねると、「なんかね、お隣りさんの親戚が音楽を作っていて、それで自家製の音源を年に一度送って来るんだって」と、妻は言った。
「へえ。プロなの?」「いいえ。ただの趣味みたい。でも、凄く良かったのよ。プロかと思ったくらい」
「ふうん。それでわざわざ貰って来たわけだ?」
「そうそう。あなたも聴いてみて」言いながら、妻はそのCDをコンポラジカセに入れる。僕は耳を澄ませる。アコースティックギターの音が部屋に響いた瞬間、僕は部屋の温度が僅かに下がるのを感じた。

僕がviviに会った事は、ただの一度もない。知っていたのは、viviという名前だけだ。僕は46の時に落下事故で命を落としたが、その46年間、ただの一度としてviviに出会った事はなかった。
でも、今なら僕はviviの事を知っている。他の誰よりも良く知っている。viviが何を好み、何を嫌っていたのか。何を夢見ていて、いつ、どのように処女を失ったのか。何に深い喜びを感じ、何に胸を痛めたのか。
だが、その一方で僕は、viviの存在の不透明さを感じるのだ。せめて、一度だけでも、と僕は思う。ただの一度だけでも、viviに触れられたなら。


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