ViVi-2
viviは確かに天才だった。歌声も、ソングライティングも、何もかもがだ。その歌声は、時に激しく、時に切なく胸をしめつけ、そしてその一方で、僕の心をぴたりと安らげた。落下する瞬間。僕が命を落とす、まさにその刹那。思い浮かべたのは、その旋律だった。死への恐怖に包まれかけた僕の手をひいたもの、それはviviの歌声だった。妻が、ふとした事で手に入れたそれが、最期の僕を救ったのだ。
暗闇が僕を包み、虹色が時を止め、やがて真っ白になると、僕は僕の死を悟った。そうか、僕は死んだのか、とそう思った。だが、その意識は、思考はまだそこにあった。ふと辺りの真っ白を感じると、そこに誰かがいる事に僕は気がつく。
「やあ」と、どっかの誰かは馴々しく僕に話しかけた。
「ああ」と僕は応える。ああ、あいつか。タイマーを押して、それがタイムリミットを迎えると、それを回収する。
「名前は?」
「お好きに」とそいつは言った。「ところで、お前はもうすぐ喋る事も出来なくなる訳だが、その前に何か聞きたい事はあるか?」
「子供は。子供は、上手く生きていけるかな?」
「さあ。先の事は分からない。他には?」
「viviって、どんな奴?」と、僕は初めて彼女の名を口にした。「あの、スゴい歌を作った女だよ」
「ああ。じゃあ、俺がviviについて教えてやろう。全部ね」
そうして、僕はviviについて、本当に細かく聞いた。誰かについて、こんなに細かく、個人情報保護なんて眼中にない程に、言葉通り個人の「全部」を聞いたのは、産まれて初めてだった。
「それから」と、そいつはviviの人生を言葉にして僕に語った後で言った。
「それから?」と僕は相槌を打つ。
「それから、viviは君の運命の人だった」
運命の人っていう言葉に、やけにリアリティがなくて、僕は戸惑う。
「運命の人?」僕はその響きを馬鹿みたいに繰り返し、呟いた。あの冬の寒い日の恋人の言葉を思いだす。運命、あると思うけどな、と。過去の恋人は言っていた。
「運命なんてものが、この世に存在していた?」
「弱冠語弊があるかもな」そいつは、こめかみを人差し指で二回叩いた。何か上手い言葉を探しているように見える。「ベストオブベストだな。うん。君のベストオブベスト。運命の人」
「それが、vivi?」
「イエス」
「間違いはない?」
「今更君を騙してどうなる?」
「さあ」と言ったきり、僕はだまり込む。あんなに近くに運命の人はいたんだと僕は思う。手を伸ばせば、なんとか届く、その場所に。僕はこめかみを二度叩く。
それが、不幸か?
vivi。
妻。
子。
日々。
運命の人。
出会えていたら、と確かに思う。せめて、他の誰かは出会って欲しいと思う。少なくとも、息子には運命の人と一緒になって欲しいと思う。
だが、自分は?
viviの歌。そのメロディーをハミングする。意識はもう虚無に飲み込まれ始めたみたいだ。真っ白が透明になっていく。僕は思う。やがて、意識が無と同化してしまうまで。僕の全てが失われてしまうまでの、残された時間で。
上出来だったさ。
そうだろう?
きっと、君も。
vivi