〜 国語・演劇 〜-4
「あっん……でなければ誰が我慢するか、世間が鞭打つ避難、権力者の……んっ……無法な行為、おごるものの侮辱、さげすまれた恋の痛み……あふ……裁判の引き伸ばし、役人どもの横柄さ……んっく……立派な人物が……んっ、んっ……くだらぬヤツ相手に……んんっ……じっと忍ぶ屈辱、このような……ふぅんっ……重荷を誰が我慢するのか、この世から……あっ、あっ……た、短剣のただ一突きで逃れることができるのに……〜〜〜っっ」
ビクン、ビクン、ビクン。 三度小さく体を震わし、私は昂ぶりに身を任せた。 台詞を暗誦しながら絶頂出来るようになったのは最近のことだ。 頭が桃色の靄につつまれ、気を抜けば性感の余韻に溺れてしまう。
ギュッ。 唇を噛みしめて意識を戻す。 今の私は表現者だ。 快楽を伴った上でハムレットの精神を体現している。 マスターベーションをしたところで、決して快感に浸りはしない。
「……つらい人生を呻きながら汗水垂らして歩むのも、ただ死後にくるものを恐れるためだ」
教官がメモを走らせる。 どうにか自慰を終えたというのに、もう次の指示だ。 『犬のチンチンをしながら』というスクリーンに、私は乳首から指を離すと、しゃがんで胸の前に手を差出してそっと握った。
ユサユサ、ユサ。
手は水平に、足は180度広げるように。 その上で身体を上下に揺すり、乳房を胸の前で弾ませる。 教官がいいというまで続けるのが、躾けられた『チンチン』だ。 舌を伸ばし息を荒げ、私は暗い復讐に憑りつかれたハムレットの筈なのに、嗤われるため惨めに振舞う。
「し、死後の世界は未知の国だ、旅立ったものは、ひ、1人として戻ったためしがない。 そ、それで決心が鈍るのだ。 見も知らぬ、あ、あの世の苦労に飛び込むよりは、見慣れた、こ、この世の患いを我慢しようと思うのだ」
烈しく肩を動かすせいで、どうしたって息が途切れる。
「このように、け、決意のもって生まれた血の色が、分別の病み蒼ざめた、と、塗料に塗りつぶされ、そして生死にかかわるほどの大事業もいつしか進むべき道を、う、失い、行動を起こすに至らず終わる――」
ススッ。 短く動く教官の手元。 おそらくこれが最後の指示だ。 『終幕まで放尿』という、短い文がスクリーンに映し出された。 すかさず『チンチン』の体勢を解き、そのまま両手両膝をついて右脚を掲げる。 チンチンに続く形で放尿だから、犬のスタイルで放尿するものと理解した。
プシュ、ショロロロロ。
檀上で膣から捲れた尿道口を起点に、黄色い飛沫が放物線を描く。 勢いはない。 あくまで僅かに飛び跳ねて、申し訳のように途切れることなく放たれる。 最愛の人を発見して葛藤の深みに堕ちる主人公を、犬の恰好で放尿しながら演じることの是非は、今更問うまでもない。 今の自分を客観的に見ることが出来れば、ただの狂った変態なんだろう。 だけど私は大まじめだ。 真剣さに一点の曇りもないつもりだ。 あくまで心では真摯なハムレットを体現しながら、体だけ別に犬の小便を演じている。
「――待て、お、森の妖精、その折のなかに、この身の罪の許しをも」
ショロロロロ……ピチャン。
台詞が終わると同時に膣全体をギュッと締める。 一滴こぼしてしまったものの、ほぼ台詞に合わせて尿を止めることができた。 学園に入って間もないが、尿という蛇口の開け閉めについては、ほぼ自在に調整できるようになった。
「……」
無言で第1姿勢に戻る。 腰を屈めること90度、立礼の振舞いで最後まで聞いて下さった教官とクラスメイトに頭をさげる。 こうして一度も遮られることなく、私の発表は幕を閉じた。 喘ぎ声が混じった点や、尿の搾りが緩い点、チンチンの動作が小さかった点で減点されたものの、教官は私に70点をつけてくれた。 曰く『最後まで指示に引っ張られることなく台詞に拘った点は評価できます』とのこと。 私にとって、12号教官に褒められたことは点数以上に嬉しくて、自然に涙がこみあげてくる。
次はもっと頑張ろう。 どんな無様な演技をしていても、どんな肉体への負荷があっても、立派なハムレットになってみせよう――そう思いながら、もう一度教官に頭を下げ、私は自分の席に戻った。