2-3
二十歳の約束。
頭の中に、小指を絡めたマナブと自分の手がパッと浮かび上がった。
あの日のマナブの顔と、目の前のマナブの顔が重なる。
「ふたりが二十歳になったら、結婚しよう」
マナブがわたしの目を見つめたまま言う。
那月ちゃんを俺のお嫁さんにするから──と、記憶の中のマナブが言った。
「俺は四月うまれで、那月は九月うまれ。那月の誕生日がきたらふたりとも二十歳になる。学生だから結婚はまだできないけど」
「マナブ……」
「那月は忘れてるだろうなーって思ってたけど、俺はずーっと覚えてた。我ながら気持ち悪いなって思うけど、ずーっと待ってた。那月が誰と付き合おうが関係なかった。最後には絶対に俺のものにするって決めてたから」
マナブがそう言って、アルバムの上に置いていたわたしの手に大きな手を重ねた。
また、香水が香った。
「俺、那月が好きだ」
マナブがわたしの手首を掴んだ。
思いがけない力強さに、わたしは小さく息を飲んだ。
「ずっと待ってた。ずっと我慢して……。本当は那月に触れたかった。でも、ずっと那月のことを隣で見ていたかったから──気まずくなるのが嫌だったから言えなかった。那月が誰かとセックスしてるかもって思うと死ぬほどつらかった。別れたって聞くたび、那月が落ち込んでる横でいつも喜んでた」
「マナブ……わたし……」
マナブがふっと息をついて小さく笑うと、那月って鈍感だよなと言った。なーんにも気付いてなかったもんな、とも。
わたしはマナブの目を見ながら、過去の自分がマナブにしてきた相談の数々を思い浮かべた。マナブはいつも必死でわたしを励ましてくれていた。わたしは、マナブの気持ちに気づかずにいつもマナブに愚痴を聞いてもらっていた──。
「那月、俺のこと嫌いになった?」
「そっ、そんな──そんなことあるわけないじゃないっ」
「今の話を聞いても? 俺、那月の話を聞きながら那月が俺を一番に頼るように仕向けていたし、別れるようにアドバイスしたこともあった。それでも嫌いにならない?」
「マナブを嫌いになるわけなんてないよ」
「そっか」
マナブの左腕がわたしの腰にまわる。
ぐいっと、わたしはマナブのほうへ抱き寄せられた。
「那月。俺と結婚を前提に付き合ってほしい」
こわいほど真剣な瞳。
その瞳に、わたしが映っている。
わたしは何度この瞳に助けられてきただろう。
泣き顔もずいぶんさらしてきた。
いつもわたしを見守って、わたしを導いてくれた。
マナブはずっとわたしを見てくれていた。
わたしはその瞳を見つめたまま、こくりと小さく頷いた。
一瞬泣きそうな顔をしたマナブは、わたしをすっぽりと包むように抱きしめて言った。
「やっと俺のものになった」
それはとても切なげで、聞いているわたしの胸を締め付けるような声だった。