佐々木洋子の場合 1-2
「ただいま」「おかえり 遅かったわね」と洋子に声をかける母。「ママの言うとおりだぞ」と父親は吸っていた煙草を灰皿にもみ消しながら洋子に声をかける。「また、パパ煙草吸ってる いい加減やめてよ」と言いながら洋子が声をかけながら、2階の自分の部屋へと駆け上がっていく。
バタンと自分の部屋の扉を閉め、着ていた制服を脱ぎ、パジャマに着替えると「何が入っているのかしら?」とプレゼントの包み紙を開け中の箱のふたを開けてみると中には口紅が一本入っていた。
「きれいな色の口紅ね」と口紅を見ながら洋子は呟いた。今日はもう遅いし、また今度口紅をつけてみようかと思いながら、残っていた宿題を始めるのだった。
翌日、学校が終わって一人教室の掃除をして放課後帰ろうとした時、ふと急になぜか昨日の口紅のことを思い出した。洋子は制服で口紅をつけることなど絶対にしないし、まして学校で口紅をつけることなど今まで一度もなかったし、する気もなかったが、今日だけは昨日見た口紅をつけてみたいという欲望を抑えることができない。
校舎から出るとグランドの片隅にあるトイレを目指して歩いて行く洋子。いつもならばグランドには放課後、野球部などの部活動が行われているのだが今日は一斉休みの日なのでグランドはいつもと違い静かだった。
トイレに入ると他に誰もいないことを確認し、カバンから昨日の口紅を取り出して口紅を見つめる洋子。「いつ見てもきれいな色の口紅ね」とつぶやきながら口紅を塗り始めた。
口紅を塗り終え鏡を見る洋子。外見はいつもと変わらないがこのときから洋子の心の中に闇ができたのだった。初めは口紅をつけたらすぐに落とすつもりだったが、洋子は口紅を落とすことなく、そのままトイレを出て家への帰り道を歩いて行く。
電車に乗って帰るために駅に向かう途中、派手な格好をしたヤンキーが道端に座りま、煙草を吸っている。「アイツらまた煙草吸っている」と思いながらその横を通り過ぎた時煙草の煙の匂いがしたがいつもの様に不思議と気にならなかった。
いつもなら、そのまままっすぐ駅の改札口に向かうのだが、洋子は急に右に曲がり足早に歩くのだった。
「どうしてこんなことしたのかしら?」その日、家に帰った洋子は後悔するとともになんで自分がこんなことをしたのか全く分からなかった。目の前にあるのは多数の化粧品と自分の好みとは全く正反対の服ばかり。しかもそれらは洋子が買ったのではなく、帰り道に洋子が全て万引きして盗んできたものだった。当然、陽子は今まで万引きや人のものを盗んだことなど一度もなかった。それがどうして急にこんな行動をとったのか洋子には分からなかった。
「今更店に帰すわけ行かないわ」そう洋子は思った。返すことによって洋子は今まで自分が築いてきたものを失うのが怖くなったのである。とにかく隠さなくちゃそう思った洋子は押し入れの一番奥に今日盗んできたものを隠し、いつもと同じように宿題を始めたのだった。
しかし、洋子はあの万引きをする瞬間のスリルと獲物を獲得した時の高揚感ははっきりと覚えていた。そのことを思い出すたびに洋子は興奮し、鼓動が高まり、血が熱くなっていくことを感じ取っていた。
翌日、いつものように学校に行き、勉強し、放課後になりいつものように帰路に就く洋子。なぜか?昨日の口紅をつけたいという気持ちに突然なり、その気持ちをどうしても抑えることができない洋子だった。駅のトイレに入ると個室の扉を閉め口紅を塗り始める。