アールネの少年 4-9
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五日目の午後になって、山林の終わりにさしかかった。
山上から、エイ自身も進軍に使った、西から続く街道が横たわるのが見える。
その姿は、エイの目にはやけに不吉なものに映った。
このふわふわとした浮かれ心地の旅の、終わりを示す境界線のようだ、と。
予感は的中した。
「あれは……」
それが目に入ったのは、街道に下りる直前のことだ。
生い茂る木々の合間に風と葉擦れと鳥の声に混ざって、エイの耳は別の気配をとらえた。
多数の馬の足音、荷を運ぶ車の車輪音、軍靴の音、重なる剣の鍔鳴り。
慣れ親しんだ気配だった。
これは進軍する軍隊の音だ。
エイは足を止め、あわてて連れの二人を見た。
アハトの視力聴力が常人よりかなり優れていることは旅の間に気付いていた。彼には既に聞こえているはず……
そう思ったのだが、アハトは特に歩みを遅らせるでもなく、王子を止めることもなく進んでいる。
もしやロンダーンの軍隊なのだろうか。だがロンダーン軍の本隊がいるべき場所からあまりに離れている。この西側は、明らかにアールネの領分だ。
街道沿いは木々が茂っていてまだ向こうからは気付かれないだろう。
街道に出てはいけない。エイは二人を呼び止めた。
「あれはきっとアールネ軍です。早く逃げないと、」
「逃げなくていい。時間ぴったりだ」
えっ、と目を瞠るエイをよそに、シェシウグル王子はおもむろに剣帯から剣を外した。
それを鞘ごとエイの眼前に差し出す。エイが反射的に受け取ってしまうと、彼はアハトに向き直った。
「ほら、やれ」
無造作に言って両腕を突き出す。
何事かと見守るうちに、アハトはどこからかロープを取り出し、躊躇なくシェシウグル王子の両腕を縛り上げた。
「これは、どういう……」
「俺を人質に帰還しろ」
シェシウグル王子はきっぱりとそう言った。
「セリス王子を失って困っているはずだ。喜んで迎えてくれるだろう」
エイは困惑した。
「お前に人質の価値がないなら、価値を上げてやるまでだ」
「でも、僕はもう死んだことになっていて、」
「心配いらん、そいつらとは別口だ。そうだな、アハト?」
「アールネ公弟セラの派遣した部隊です。公弟エイの死の真相を調査に来たとか」
「セラ兄さんの……?」
ここで聞くとは予想もしなかった名に、エイは目を見開いた。
「さあ、うまくやれよ」
「そんな、う、うまくと言われても……」
困ります、と続く言葉を遮るように、バサバサ、と羽音とともに漆黒の猛禽が木々の間から飛び立つ。
「アハト?」
混乱したまま、エイは思わずアハトを追って街道に飛び出した。このわけのわからない状況では、彼だけが頼みだ。
その背中に、不意に重々しい声がかけられた。
「エイ様!」
ぎくり、とエイの背がこわばった。
怖々と振り返った先に、見覚えのある姿があった。アールネの黒い将官の甲冑を纏った屈強な男。
「ご無事を信じておりました」
深々と頭を下げる将官を前に、エイはかつてないほど途方にくれていた。