1-2
「う、うるさいっ! 耳元で喋るな、ばかっ」
「あいたっ、うぁっと、調理中の人間を殴るんじゃない」
腕をポカポカと殴る朱莉をいなしながらも、意識の半分以上は鍋に向かっている。意識は他のものに反らしてはいけない。火を扱うときの鉄則である。
「ふんっ! 火傷しちゃえばかっ、あちっ!!」
拗ねながらからりとキツネ色にあがったとんかつを油から引き上げる。その途中、跳ねた油が朱莉の細い人差指に痛撃を加えた。朱莉の痛覚は正常に反応し、更なる危険から遠ざけるように指を油から引かせた。
「おっと、大丈夫か?」
春斗は鍋の火を止めて、朱莉の指を診る。若干赤くはなってはいるものの、大事というほどではないようだ。
「う、うん。ちょっと驚いただけだから、大丈夫」
そう言うと、朱莉は突然のハプニングによって再び油の海に叩き込まれたとんかつを救いだし、まな板の上で切る。包丁を入れるたびにザクッ、ザクッとおいしそうな音を上げる。
「火傷しちゃえ、なんて言ったから罰が当たったのかな?」
つぶやいた朱莉に春斗はそっけなく返した。
「いや、コーヒーみたいな泥水を飲んでるからだと思うよ」
「……刺すよ?」
「ごめんなさい嘘です」
このやり取りから約十分後、二人の共同作戦にて作られたとんかつが、特製ソースと付け合わせと共に皿に盛られて食卓に並んだ。