〜 日曜日・宣告 〜-3
そんな……。
「でも、さすがに今朝はしっかり行動できたんでしょう?」
「本日、規定通り『待機命令』と『芸』を命じたところ、どちらも合格には程遠い結果に終わりました。 『待機命令』は石を咥えて待つという極めて簡単なものにしたにも関わらず、私が戻ったときには口から石を落していました。 これだけの内容すらマトモに対応できていません」
たしかに私は先輩の言付を守れなかった。 だけど、こんな言い方して欲しくない……。
先輩の口振りだと、まるで私が楽な姿勢で石を咥えていたように聞こえる。
全然違うよ……!
私は心の中で大声で叫んだ。 私は砂に埋められて、顔だけだして必死に舌で支え続けたのだ。 それも10分や20分じゃない。 頭上に汚物をひりだされ、顔にオシッコをかけられ、ハエにたかられながら3時間近く耐えた。 だのに、そういう文脈には全く言及して貰えない?
「『芸』に至っては2度機会を与えたにも関わらず、タイトル指示から実行まで10秒を切ることが出来ませんでした。 内容もお粗末そのもので、思考の跡が感じられません」
「おやおや。 せっかくの恩情も届くことはなかった、と」
「少なくとも私には」
「残念ですねえ」
嘘……嘘だ。 嘘に決まっている。 あんなに頭を振り絞って、捻りだしたアイデアだ。 確かに砂場のは安直だったかもしれない。 けれど、鉄棒のはそれなりに笑ってもらえた……。
「仮に寮生活を続けたとして、同室の私の負担になることは勿論、伝統ある史性寮の風紀を乱しかねません。 かといって他寮に預けた場合、現地に迷惑がかかると考えます。 以上の理由により、『入室解除および、退寮に伴う自決』を、29番に求めたいと考えます」
「!?」
入室解除および、退寮に伴う――自決? 自決といった??
え、え、え? かつてないレベルで頭が白くなり、白いというより透明だ。
自決を求める、私的には求められるという事態。 これってつまり――どういうこと??
「分かりました。 この場で見届けますから、早速執行させなさい」
「用具として『ネックハング』をお借りしても宜しいでしょうか」
「認めます。 ただし縄はほどいたばかりなので、貴方がしっかり結わえなさいな」
「了解しました。 ありがとうございます」
血の気がひいてゆく私の頭ごしに、当人を無視して話が進む。 寮監と先輩の視線の先にあるのは、室内にあって不自然に高い台。 そして台の真上の天井には、黒光りする『フック』がこれ見よがしにかかっている。
その台とフックが意味するものは、幸か不幸か、私でも明確に理解できた。
ひたすら学園入学めざし、頑張り続けた幼年学校。 想像と現実のギャップを頑張って受け入れた研修合宿。 何とか困難をやり過ごそうと、自分なりに頑張ってきた1週間の寮生活。 その結果がコレだという。
茫然自失。 支離滅裂。
確かに私たちには、特に私には、価値がないし意味もない。
入寮時に寮長は言った。
『先輩が死ねといえば、死ななければなりません』
物事の例えというか、極端な例だとばかり思っていた。
思考停止。 全身硬直。
「ここをこうして、もう一回通して……」
四つん這いでお尻を掲げた姿勢のまま固まる私に対し、先輩は部屋にあったロープを手早く結ぶ。 ロープの片側に環をつくると、台にのぼって『フック』に結ぶ。
「29番。 準備ができたから、こっちにおいで」
何事もなかったように私を呼ぶ。
先輩が整えた準備とは『首吊り台』の設営だということくらい、いくら足りない私であっても気づいている。 『こっちに来い』という言葉が意味するものは、行くだけで済まないことが分かりきっていて、私は大声で叫びたいのに、言葉1つ搾りだせなかった。