〜 土曜日・配布 〜-1
〜 2号の土曜日 ・ 配布 〜
学園は空調が完備しており、教室の温度調節はやや低めに設定してある。 激しい測定、運動のあとなので、微風がそよぐくらいが丁度いい。 2列縦隊で全裸のまま廊下を歩いてきた生徒たちは、速やかに教室に入ると背筋を伸ばして教壇に顔をむけ、静かに待つ。 体育館の集合時には激しく肩で息をしている生徒も散見したが、廊下を歩く間に落ち着いたようだ。 最後の1人が席に着くころには、教室はしわぶき1つなく鎮まっていた。
キーン、コーン、カーン、コーン。
チャイムが1音1音くっきり聞こえる。 講義の終わりということで22番にチラリと視線をやれば、心得たように号令をかけてくれた。 素早く立ち上がる動きに合わせ、35組の双乳がプルンと波うち、呼吸を合わせて一礼する。
「宜しい。 全員更衣するように」
「「ハイ! インチツの奥で理解します!」」
サッと屈んで靴紐に手を伸ばす。 学園の更衣といえば、室内競技であれば体育館シューズを脱ぎ履きすることを意味し、室外競技であれば運動靴の着脱を意味する。 というよりも、首輪以外に衣服は原則として認められていない。
生徒が上履きと靴下姿に戻る間に、廊下から『業者』が給食入りの一斗缶を運びこむ。 食事メニューは毎日同じ。 オートミールに各種栄養が配合された、Cグループ特製スープだ。 おかずも主食もビタミンすらも、一杯で一日分を賄うことができるくらい、考えられたメニューになる。 ただし栄養以外の側面については、特に配慮はしていない。 結果として匂いは肥溜めを連想させ、食感は吐瀉物と大差なく、味は甲虫をすりつぶしたような苦さが特徴的な、美味とは言い辛い内容に仕上がっている。
ちなみに食事を配給する『業者』の構成員は、生徒たちと同年代の少女たちが中心だ。 幼年学校を卒業し、成績優秀なれどあと一歩学園進学に及ばなかったモノの中には、卒業後こうした『各種業者』の養成所を経て、下働きに従事できる『極めて幸運』なモノもいる。
「……」
生憎尿意をもよおしていないため、私の足許に置かれた一斗缶を跨いでも小水を添加できそうにない。
「……っ」
喉の奥でしわぶきをきり、ペッ、一斗缶に痰を吐く。 小水がなければ痰でも、涎でも、鼻水でもなんでもいい。 何らかの形で目上の人の体液を含む物のみが、Cグループの食事として認められている。
「まだ食事係が決まっていないので、そうですね、副委員長がよそいなさい。 一列になって受け取るように」
「「ハイ! インチツの奥で理解します!」」
食事も1週間すぎれば慣れたものだ。 最初は顔を見合わせるばかりで動きが鈍かった生徒たちだが、サッと立ってササッと並ぶ。 一斗缶脇にあるエプロンと白帽をつけ、副委員長の30番が固いながらも慣れた手つきでオートミールを注いでゆく。 クラス全体で一斗缶を空にしなければならないので、最初からなみなみと食器に注ぐあたり、勝手がわかってきたといえるだろう。 丼鉢大の食器なので、本当であれば半分程よそうのが相場なのだが、それだとどうしても残ってしまう。 結局全員によそい直さなくてはならず、頑張る一部の生徒が必死で一斗缶を頬張る羽目になるので、最初から平等に配分するというわけだ。 食が細い生徒や好き嫌いがある生徒にとって、食事時は講義と同じくらい過酷な時間でもある。
流れ作業で全員が食器を携えて席に戻る。 箸やスプーンの類はない。 特に指示はしないけれど顔を食器にうずめて舌で舐めとる『犬食い』なことは暗黙の了解だ。
「本来であれば土曜は午前中で放課ですが、今日はこのあとクラブ活動紹介があります。 来週の説明や、教科書の配布は昼休みの間に済ませ、クラブ紹介後は各自解散という流れですね。 従ってゆっくり食事をとる時間はありません。 今から5分以内に食事を終わらせなさい」
ザワッ。 私が告げた『5分』という単語にどよめく教室。 いままでは平均して30分かけて胃に流し込んでいた量を、いきなり6分の1という限られた時間でこなせといわれれば、聞き間違いを疑うのもやんぬるかな。 しかし私が言い間違えるわけはない。 将来立派なモノになるためにも、生徒の都合は常に埒外におくのが学園の方針だ。 自分たちの日常の流れがいつでも誰かの都合で変更させられるということを学ぶためにも、敢えて無茶な制限を設定した。