部長と刺客と冷静男-9
たまには長谷部も痛い目に会うべきだろう。これも日頃の行いだ。
「ふっ」
だが僕は見た。長谷部が笑ったのを。
動く。
タイミングから見ても止められるかは微妙なところだが、長谷部の表情は笑みのままだ。
「――!」
そして勝敗は一瞬にして決まった。
長谷部が何かをした次の瞬間、男子は床に叩きつけられていた。
長谷部は驚いている男子の腕を掴んで素早くひねりあげ、その動きを封じてから吐息。
「ふむ、久しぶりだが意外となまってはいなかったようだな」
「な、何だ今の……?」
長谷部はあまり動いていなかったのに、男子生徒は確かに倒れている。何をしたのだろうか。
と、腕を極められたまま男子生徒がうめいた。
「くっ……、まさかあのタイミングで投げ、ですか。甘く見すぎていたみたいですねっ……」
「投げ? ほとんど動いてないのにか?」
「ん、まあ合気道のようなものだね。特に驚くことじゃないよ」
さらりと、それが当たり前かのように長谷部。驚くことではないと本人は言うが、驚くには充分すぎるほどのことだ。
「わぁ〜、部長って強いんですねっ」
「……意外な一面の発見というやつですね」
「ま、部長たるものとしてこれぐらいできなくては、外敵から部を守りきれないからね」
なんだその武力主義。別に力が無くても部はそうそう無くならないと思うのだが。まあ実害は無さそうなので放っておくことにしよう。
そんなことよりも遥かに気になることもできたことだし。
「で、そこに転がってるのは何なんだ?」
「ん、これかい? おそらく説明すると長くなるのだが、――敵かな。それか負け犬だね」
「まままま負けてなんていませんよ!? 忍たるもの負けるのは死ぬときだけですから! ――ってああ今のは秘密なんで無しで!」
……忍?
これは、つまりどういうコトかというと、
「――可哀相に、負けたショックで錯乱してるのか。やわな精神だ」
「む、それとも頭を打ったか? あまり衝撃がいかないように配慮したつもりだったのだが。まだまだ未熟だったか。――彼の受け身が」
「うわ貴方たち初対面の相手にもいきなり容赦なしですね!?」
無視した。
吐息ひとつ。後は長谷部が自分なりに処理をするだろうから、今回は変人の騒動に巻き込まれたわけではないようだ。よかった。
「……もう僕らには関係なさそうだな。後は勝手に頑張れ。よし帰るぞさっさと鞄取ってこい」
「おや、拷、じゃなくて尋問を楽しんではいかないのかい? それは残念だ」
「だってさ、いっちー。部長だけに任せて帰っちゃうのー?」
「……いいから帰るぞ」
「はーいはい。じゃあ頑張ってくださいね部長」
鞄を取りに向かうつばさに、得意分野だなどと真顔でほざく長谷部から若干距離をとる。
これでようやく、と、ひと息吐いたとき。
「――おいお前たち、何やってんだっ!」
突然の大声。あまり友好的な感じはしない。
それは学生のものではなく大人の声だ。
そしてここは学校。すなわち大人とは教師。
ついでに足元には長谷部に間接を極められている男子生徒。
もちろんケンカなので責任は両方にあるが、それも最初から見ていなければ一方的な暴力のように見えるだろう。
結論。
いじめのような現場を教師に見つかった。
「ちっ、――行くぞ栗花落くんっ!」
気が付いたら長谷部の声に押されるように、何も考えずに走りだしていた。