部長と刺客と冷静男-8
男子は首を使って跳ね起きながら僕から見て奥に距離を取り、長谷部は逆に手前に跳び退いた。結果、すぐ目の前に長谷部が来た形になる。
「――おい、何やってるんだ!?」
「ん……」
長谷部は少しだけ視線をこちらに向けたが、すぐに前に向き直り、
「……栗花落くんか。これは奇遇だね。やはり文学部は深く太く、ダイヤモンドより硬い友情の絆でつながっているのか」
うわ切断したい、そのつながり。
「……そんなもの断ち切りたいですね」
遠矢のつぶやきが僕には聞こえたが、長谷部は聞こえているのか聞こえていないのか。
その絆のせいか。その要らない絆のせいで僕は逃げられないのか。どうりでいつの間にか近くに湧いてくるわけだ。
っと話がずれてきた。
「そんなことより――」
この状況はなんだ、と問おうとしたが、
「――っは、いつの間にか増兵が! 多勢に無勢ですかっ。ですがこれしきのことではくじけませんよ。ええ負けませんとも勝つまでは!」
起き上がった男子の声でさえぎられた。サラサラの黒髪、全体的に色白で線は細く、身長も低い童顔の男だ。あまり荒事には向いていなさそうな雰囲気をまとっている。
「ち、ちなみに弁明しておきますが、さっきは下から中を仰ぎ見るという普段はありえない非日常的かつロマンたっぷりな思春期的に記憶力を総動員して脳裏に刻みたくなる素晴らしいポジションでしたが、ナイス少年の自分はまったくの清廉潔白ですよっ。誤解しているようなのではっきり言いますがギリギリ見れなくて」
男子が必死に弁明する中で、長谷部がポツリとつぶやいた。
「で色は」
「白でした! ――あ」
「うわー……」
「まあ私は気にしていないから、――しこたま殴るだけで勘弁してあげよう」
まあ不可抗力で見えるだろうなぁと言うかあからさまに阿呆そうなんだがどうしようかそれと増兵ってオイなんで長谷部が強襲していたのだろうか、詰まるところなぜ僕の周りにはあんなのしか集まって――。
止めておこう。きっといろいろ悲しくなる。
「これで解ったかい栗花落くん、つまりは――、こういうことだ」
「……ああ解った。説明する気は無いんだな」
ため息ひとつ。
長谷部は振り向き、眉をよせて、
「待ちたまえ。きみはなぜいつもそうやって結論を急ぐのかな? 人間、もっと日々に余裕を持たないと様々なものに押し潰されてしまうよ」
「巨大なお世話だ。と言うより余裕が無いのは誰のせいだと思ってる」
「みなまで言わなくても解っているよ。もちろん社会のせいだろうね。思春期にありがちな、恭順への理由の無い拒否反応だね。具体的な例も策も無いのにただ反抗するという、行為によって生まれる結果を望むではなく、ポーズとして、行為そのもの自体に特別な意味を見いだしたつもりになる思想だろう?」
「いや、後半聞いてないがアンタらのせいだ」
「ははは、つれない態度は照れ隠しかな? 本当は甘えたいくせにね」
無視した。
それより男子はさっきから臨戦態勢なのに、相対する長谷部はなぜこんなにゆるいのだろう。普通ならケンカ中に話をする暇などないだろうに。
……あ。
やはりと言うかこんな好機を逃す訳がなく、男子が素早く動いた。
「おい、――前」
ん? と長谷部が向き直るが遅い。もう男子の間合いの内だ。
「貰った……!」
長谷部が邪魔で動きがよく見えないが、発言を聞くかぎりいい感じなようだ。男子にはこのまま頑張ってほしいところである。