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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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部長と刺客と冷静男-5

 まあ、悪くはない、のだろうか。度が過ぎてはいるが、刺激は反応を生むし不安定だから安定させようと模索するし、騒がしいからこそ周りに人が居ることを実感できる。少しは現状に不安があるが、それでも、そのマイナス分を帳消しにしてくれる程度には快い環境だ。それは、今までも近くにあったのに決して触れることが出来なかったものたちだ。いや、触れようとしなかった、か。どうあれ正直な話、恥ずかしいことだが、望んでいたものを与えてくれたこいつらには有り難いと思ったりしないでもない。
 ……でも言えば調子に乗ったり偉ぶったりは当たり前、歪曲による奇言や妄想が溢れるに決まっているから絶対に言わない。そう決めている。もしかしたら本当に万が一、いつかは言うかもしれないが、現状を見て頭痛を感じるたびに何億年先になるだろうと思ってしまう。
「つ、栗花落くん。何やら考え事の最中のようで悪いけれど、今日はもう伝えることも伝えたし、もう解散にしてもいいよ? あ、いや、まだ部の皆といたいと言うのなら、もちろんそれもいいのだがね。……ど、どうかな?」
 そんな取り留めもない考え事をしていたら長谷部が言った。なんでこんなにへり下っているのだろう。
「ち、ちなみに、栗花落くんの機嫌が悪そうだから気まずくて一緒に居たくないとか、断じてそんなことはないよ?」
「……、正直に嘘つきだなアンタ」
 吐息。
「まあ僕は別にどっちでもいいんだが」
「はっきりしたまえ! 優柔不断は悪徳だよ!」
 態度が変わるの早っ。基本、いくら立場が悪くてもあまり長くは自分を下に置くことが出来ないらしい。面倒な性質だ。
「さあ、今日はどうするのかな。――さあ!」
「……じゃあ帰るか」
「よし了承した。――と言うことで今日はこれまで。皆、充分に気を付けて帰ってくれよ。それじゃあまた明日」
 例のごとく解散の言葉が発せられたときにはすでに五十嵐の姿はなく、長谷部は長谷部で言い終わると同時に教室を飛び出す。あいつら、本当は部活が嫌いなんじゃなかろうか。嫌いでも別にいいが、だったら僕を巻き込むな。
 と、居ない相手に、しかも心の中で愚痴っても意味はない、か。ならばするべきことはひとつ。さっさと帰ろう。
「あっ、いっちー待ってよー」
「何だよ」
「うん、実はね、教室に鞄置いてきちゃった」
「ならさっさと取りに行けばいいだろ」
「そうなんだけどさ、いっちーもついて来てくれるよね?」
「なんで僕が」
「だって、きっと取ってくる間にいっちー下駄箱に行っちゃうじゃんっ」
「残っても特にする事もないからな」
「だから一緒に来ないとダメなの!」
「……どうしてそういう結論――」
 って待てよ。前もこんなことがあったはずだ。確かあれは――
 と、視界の隅で、遠矢がどこからともなく取り出したテープレコーダーをちらつかせている。
 ああもうはっきりと思い出した。
 うん、やはりあの時と同じだ。あれは入部初日のことで、さらに悪魔みたいな女との初遭遇でもあって、そしてその後には。
 ……っ、思い出したけど同時にトラウマがっ。
「ねぇいいじゃーん、一緒に行こうよー」
 過去の悪夢に震えていると、遠矢が手振りでうったえてきた。
 さっさと行け、と。
 しかし、嫌だと身振りで返したが、通じなかったのか変な目で見られた。どうやら不公平なことに意思の伝達は一方通行らしい。
 逆らうのは簡単だが、その後のリスクはかなり大きいだろう。つまり、意見できないこっちは、ただひたすら従うしかないというわけだ。
 ……もうどうにでもなればいいさ。
 ふらりと立ち上がり、自分でも解るほど頼りない足付きで廊下へ。そして教室内へ振り返り、
「……さっさと行くぞ」
「あ、うんっ!」
 たかがこれだけのことでも嬉しいのか、やけに弾んだ声だった。こういう時はいつも、僕はつはざとの間に何とも言えない微妙な温度差を感じてしまう。要するに僕らは、互いに望むものが近いけれど、それでもどこか違うのだろう。当たり前だ、僕はつばさじゃないしつばさは僕じゃない。思考も展望も期待も不安も不信も好も悪も、すべてが同じである訳がない。それが近いからという理由で同じと勘違いする。それはとても滑稽だ。


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