部長と刺客と冷静男-10
長谷部が隣に並び、教室ひとつ分を駆け抜けたと自覚した途端、はっと我に返った。
「――ってこれじゃあ共犯みたいじゃないか!」
「ふっふっふ、いまさら気が付いてもすでに遅いよ。では諦めてもらうために後方を御覧くださいと言ってあげよう」
嫌だけど、ちらりと振り返ってみた。同時に激しく後悔した。
「待てコラっ、そこぉ、待ちやがれ!」
なぜか竹刀を持った教師が、まさに鬼の形相で追い掛けてきていた。どう考えても逃げ出した僕は共犯だろう。止まって事実を伝えても信じてもらえそうな雰囲気ではない。
前へ向き直り、
「っあ、最悪だっ!」
「さあ逃げ切らないと色々危ないよ? 場合にもよるがケンカなら停学処置もありえるからね。ふふ、こうしてギリギリを歩く感覚もまた快――」
「黙れボケ!」
やっぱり結局は巻き込まれたっ。
ああ神様、どうか隣を走るこの阿呆に天誅を。ついでに助けろ。
……少しだけ、目から汗が出た。
しばらく後。
逃げた。逃げ切った。僕はやりとげたのだ。
どうやって撒いたのかは解らないが、走りに走って僕らはいつの間にか部室に行き着いていた。
少ししか走っていないはずなのに息が上がる。緊張したせいだろう。停学になるかもしれないとなれば当たり前だ。
壁にもたれかかって荒くなった息を整える。
「ふむ……、どうやらこれで一安心かな」
隣で、息も乱さず汗ひとつかいていない長谷部が冷静につぶやいた。こいつのスタミナは底無しなのだろうか。ちなみに、つばさはどちらかといえば体力が無いほうだ。漫画ばかり読んでるからな。
「だらしないね。修練が足りないよ?」
あえて言おう、アンタが規格外だと。
「そっ、そうですねっ。その未熟ゆえに負けてしまったのですから。ごもっともです」
……ん?
何だこの声は。
「しかし敵に追われながらも冷静さを保つその心胆の強さ、感服です」
……ん?
だから何だこの声は。
「されど個の感情は殺すが忍の勤め、って、いい今のは無しでっ。自分は一般人ですから!」
「待てコラ」
すぐそこにある頭を右手でホールド。手加減手抜き一切なしで。
「……何でこれがここにある」
これとは僕が掴んでいるものだが、さっきの自称忍にしか見えない。というより本人だろう。なぜかそいつが今、僕らの目の前にいる。
「痛ッ、も、物扱いですかと言うか頭蓋が嫌な音をたててますって! ミシミシって!」
「空耳だろ」
「そ、そんなこと――、あイタタたた! そんなに強くしたら割れちゃいますからっ!?」
無視しようかとも思ったが、あまりに五月蝿いので解放してやった。
しかし一緒にいる理由もないのに、こいつは何がしたいのだろう。まさか、さっき投げられたときに本当に頭を打ってしまったのだろうか。
「ああ、彼ならば私が連れてきた――、と言うと物理的に引っ張ってきたようでやや語弊があるが、しかし結果だけ見れば物理的ではないにせよ事実であるし、何より今は栗花落くんに大まかな意味を理解してもらえればそれで万事うまくいくのだから細かな違いは気にせず行こう。表現の曖昧さは日々の部活で鍛えたフィーリングでカバーだ。一の言葉の中に二や三、あるいは五を聞けるのは、すなわち知性であり想像力であり、人としてそれを持って生まれたからにはフル活用し、常にそうあろうとするべきだと私は思うね。そして肝心なのは出来る出来ないではなく、やるかやらないかだ。そしてそれだけの知性を栗花落くんが持っていることを前提に本題に入るとしよう。本題、ああこれからが本題だとも。彼がここにいるのも、そのことに関わってくるからなんだよ、それも根底からね」
長い。
とにかく長谷部の言い方が解りにくいということが解った。