百合の香水-1
先輩が吹くフルートは、とても伸びやかで綺麗な音がする。
細く長い指。さくらんぼ色の唇。
わたしはその銀色のフルートになりたいと、何度願ったかわからない。
「詠美ちゃん、もう少し有希先輩のほうに寄ってもらえる?」
「あ、はい」
わたしは右隣の先輩のほうへ、一歩近付いた。
先輩は目でわたしにもう少し寄りなさいと指示する。
わたしは悟られないように小さく深呼吸してから、もう一歩先輩のほうへ近付いた。
「うん、いい感じ。──じゃあ、みなさん構えてください」
写真部に属する、同じクラスの理香ちゃんがファインダー越しに言った。
ピントが合う音がする。それから、シャッター音が立て続けに2回。
フルートを構えながら、わたしは右半身の緊張が強くなっていくのを感じた。
文化祭に向けて、文化部の部員たちの写真や各クラスの写真を写真部の部員たちが撮ってまわっている。
わたしたち吹奏楽部の写真は理香ちゃんが担当してくれていて、今日はその撮影日。
撮った写真はパソコン部の部員たちがかっこよくレイアウトしてくれ、ポスターや卒業アルバム用、新入生の部員募集時の掲示用などに使われる。データは毎年きちんと教師たちが管理し保管してくれているため、数年後の同窓会に印刷して使うこともあるのだそう。
わたしたちの高校は部活動や文化祭、体育祭が盛んな学校として知られている。
「──はい。オッケーです。ありがとうございました!」
理香ちゃんが写真を確認してから大きな声で言った。
みんなが構えていた手をおろしてホッと息をつく。こちらこそありがとうと声があがる。理香ちゃんがVサインを作って笑顔で応えた。
「詠美ちゃん」
「はい」
先輩がさらさらの髪を耳にかけながら言った。
「香水、変えた?」
先輩が柔らかく微笑む。
どきりとした。
わたしは先輩のこの笑顔に弱い。
「はい。昨日、帰りに寄った雑貨屋さんにパッケージの可愛い香水が置いてあって。香りも好みだったので、買っちゃいました」
「わたしも好みの香り。詠美ちゃんとは趣味が合うみたい」
ドキドキする。
女のわたしが、同じ女の先輩にこんなふうにドキドキするのは──おかしいのかしら。
「香水って、ひとの肌に触れて──熱に触れて初めてその香りが完成するのよね。詠美ちゃんの肌から香るから、こんなにいいにおいがするんだろうね」
先輩がわたしの目をまっすぐに見て言った。
さくらんぼ色の唇が濡れたように艶めいている。
青く血管が透けて見えるほど白い先輩の手首に、自分の手首に吹きかけた香水を擦り付けるようにして指を絡めたい。──そんな欲望が頭をもたげる。
まるで節操のない男みたい。
わたしはそんな自分を恥じながら、先輩はどんな香水をお持ちなんですかと聞いた。
先輩はふわりと笑うと、今度わたしのおうちに遊びにいらっしゃいと言った。
先輩はわたしの気持ちに気が付いているのかしら。湯船に浸かりながら、わたしは思った。先輩がわたしに向けるあの笑顔は──。
胸の奥で何かがことりと音をたてる。
先輩の笑顔を独り占めしたい。
先輩をわたしだけのものにしたい。
あぁ、ほんとうに──わたしって中学生の男の子みたい。こんなことばかり考えているなんて。