百合の香水-3
「わたし、香水や香水瓶って大好きなの。今一番気に入っているのは、百合の香りの香水」
そう言って、先輩がわたしの頬に手をあてた。
ふわりとふくよかなフローラルの香りがした。
「香り、わかる?」
わたしは先輩の目を見ながら、小さくこくりと頷いた。
先輩がにっこりと微笑む。
鼓動が速くなる。
先輩の細くて長い指がわたしの耳たぶに触れた。
「詠美ちゃんはピアスの穴を開けていないのね」
「あ……はい。可愛いピアスを見かけるたび開けたいなとは思うんですが、怖くって」
「慣れれば平気よ。詠美ちゃんって怖がりさんなのね」
先輩がくすりと笑った。色っぽい。そう思った。
ドキドキする。
もし──もし、このまま先輩の手を掴んで引き寄せてキスをしたら……先輩はどんな反応をするかしら。
……なんて。思ってもできるわけがない。
先輩の手が頬から離れた。わたしは名残惜しい気持ちになりながら、先輩の手の動きを追った。
白くて細くて長い指。
短く切り揃えられた清潔そうな爪。
先輩が、テーブルの脇に置いてあった小さな香水瓶をわたしの目の前に置いた。
よく晴れた秋の空のようなブルーの小瓶。
ちょうど、小さな子どもが病院でもらう飲み薬のような形。
前面に金属の装飾があり、不思議な輝きのブルーやホワイトのガラス玉が放射線状に広がるようにいくつも埋め込まれている。
「チェコガラスの香水瓶なの。中にはわたしが使っている百合の香水が入っているわ。きっと詠美ちゃんも気に入ってくれると思って。よかったら使って」
「えっ、でも……」
「この香水瓶をお店で見かけたとき、詠美ちゃんにぴったりだと思ったの。詠美ちゃんにプレゼントしたいなって思ったから買ったの。受け取ってほしいな」
先輩がわたしの目を覗き込んで言った。
わたしは先輩と香水瓶を交互に見てからそっと香水瓶に手を伸ばした。
鮮やかなブルー。ひやんと冷たい小瓶。
先輩がわたしのために──。
「ありがとうございます。大切にします」
「よかった」
先輩がホッとした声で言った。そして紅茶をひとくち飲んで、その色、やっぱりよく似合っているわと満足そうに呟いた。
わたしも照れ隠しに紅茶をひとくち飲んだ。
「わたしね、香りの記憶ってすごいと思うの。知っている香りをふとした瞬間に感じたとき、それまですっかり忘れていたことでも一瞬のうちに思い出すことができるでしょ。香水も同じで、街中でふいに香った香水に懐かしいひとを思い出したり……そう考えるとロマンチックじゃない?」
先輩の言葉に、わたしは今晩この香水を自分の手首に吹き付けて先輩の香りを思い出しながら眠ることになるかもしれないなと思いながら、こくんと頷いた。
わたしってばまるで──ほんとうに、中学生男子みたい。自分でも呆れるくらいに。
「詠美ちゃんにはそういうひとっている?」
わたしはどきりとして、いえ、とか、経験不足で、なんてもにゃもにゃと答えた。
先輩は──、そういうひとがいるのかしら。
「詠美ちゃんって、どんな感じのひとがタイプなのかな?」
あぁ、先輩。わたしはこういうガールズトークの定番のような話を先輩以外の子たちとなら、何時間だって話せるのに。憧れの先輩を前に、好きなタイプの話だなんて──。