ある夏の日のできごと-1
会いたい…
そう思ったのは覚えているがどのようにしてこのドアまできたのか覚えていない。変な洋服を着ていないのが不幸中の幸いってところか。
私、海野桜はあるアパートの玄関前で突っ立っていた。バイクで来たのはわかったがどの道を通ったか全く覚えていない。たまたま休みだった金曜日、家でごろごろしていたがいてもたってもいられなくなって飛び出したらしい。
ここは、河原光の家。桜の高校の時の彼氏の家だ。最近連絡を取り始め一昨日久しぶりの電話で住所を聞いていた。そのときたまたまパソコンで地図を開いていたため検索していたのを覚えていたのだろう。電話で光が金曜日休みといっていたのもしっかり覚えていた。
インターフォンをならそうと指を伸ばしたそのときだった。
「…桜?」
「…!」
光が不思議そうに扉を開けてでてきた。びっくりしたのは桜の方だった。みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「どうしたん?そんなとこで。早く入りなよ」
光は当たり前のように招き入れる。
「どうしてうちがいるってわかったの?」
「直感」
不思議そうに尋ねる光はくすっと笑いながらも言い切る。
「なんとなくだけど桜がいるような気がしてな…」
光は話し続けているが桜の耳には入ってない。
…偶然?…運命?…
桜は喜びとともに不安にもなった。
光と別れたのは3年前…高3の秋、光から別れようと言ってきた。精神的に限界だったので頷いた桜だったが2年近くつきあった光を忘れられるわけがなかった。
光は桜の初めてのひとだった…
「入ってもいいの?」
光は、ははっと笑うとどうぞと招き入れた。
廊下を抜けると6畳ほどの小さな部屋があった。相変わらずなにもない部屋。桜は思わず光らしいね…とこぼした。
光は微笑み座るように促すとキッチンに行ってお茶を入れて持ってきた。
「どうぞ」
差し出されたお茶をゆっくりと飲む。幸せだったころを思い出しながら。
「桜…どうしたの?」
小さな声で…会いたくなったから…というと光はゆっくり体を動かし桜の隣に座った。
「なぁ…桜は俺のこと好きか?」
「…」
桜が答えられずにいると沈黙を破るように一気に光が話し出した。
「俺は忘れられなかったよ。何度も忘れようとしたけど無理だった…頭から離れないんだ。結局あの後彼女ができたけど桜と比べちまってな…彼女より桜の方が俺を受け入れてくれる感じがしてな…桜にもう1度会いたかった」
光はそういうと優しく桜の体を包み込んだ。
桜の頭の中は混乱していた。
光と別れてから桜の体は誰も受け付けていなかった。何度か彼氏はできたが抱き合うことはなかった。それどころかキスもままならず恐怖感しか残らないくらいになっていたのだ。
もちろん原因は光にある。別れる前3ヶ月くらいの光はひどかった。半分レイプのような抱き方しかしていなかった。桜が恐怖感を覚えるのも仕方がないだろう。
しかし、光に包み込まれた今、桜の恐怖感は不思議なくらいすーっと消えていったのだ。それどころか力が抜け、光に寄りかかるくらいだった。
「さ〜くらっ」
耳元で光が呼ぶ。
…何度この瞬間を願っただろう…