グァテマラの珈琲-1
いつもの席でいつもと同じ時間にいつもと同じグァテマラの珈琲を飲んでいるひと。
彼女のワンレングスのさらさらの髪が揺れるたび、わたしはドキドキする。
出勤前のサラリーマンやOLさんたちの中に彼女を見つけたのは三週間ほど前。
わたしが働くこのカフェのこの時間帯は、会社に行く前に珈琲を飲んで行こうというひとたちが多い。タブレットやスマートフォンを見ながら、あるいは手帳を確認しながら、珈琲を飲んでいるひとたち。その中に、彼女がいた。
女性らしい曲線が強調されたネイビーのスーツ。
タイトスカートから伸びる長い脚には程よく筋肉がついていて、ピンヒールのパンプスがよく似合っている。
就職活動に失敗したわたしは、母親の知り合いが経営しているこのカフェにアルバイトとして雇ってもらうことになった。
朝は働き手が少なくて困ると言っていた彼は、にこにこすることしか能のないわたしを手放しで歓迎してくれた。
六月。
ガラスの向こうは灰色。道行くひとの傘はしっとりと濡れ、空気がいつもより少し重い。
彼女はかたちのいい指で手帳をめくりながら珈琲を飲んでいる。
きりりとした美人。細く長い首の上に、小さな顔が乗っている。
彼女が飲むのはいつもグァテマラの珈琲。カップに紅はつかない。
肩がこっているのか、時折右手の親指で左の肩を掴むように押している。
女のひとを見て、こんなふうにドキドキするのは初めてだった。
彼女の注文を聞くときはいつも、全身の血液が沸き立つような感じがした。
「ほのかちゃん」
「はい」
店長──母の知り合いの──が、わたしを呼んだ。
彼はアルバイトたちを名前で呼んだ。まりこさん、とか、ゆうすけくん、とかいうふうに。
「ごめん、コレを出してきてくれないかな」
「はい、行きます」
わたしはお使いが好きだ。
なんとなく、自分が使える人間のような気がして気分がいい。
外の空気を吸い、リフレッシュできることも気に入っている。
あの女のひとを見られなくなるのは残念だけど──。
わたしは小包を手提げ鞄に入れながら、そっとあのひとを目の端に入れた。
目が合った──ような気がしたのは、わたしの思い違いかしら。
傘を開いてコンビニを出る。雨足が強まったように感じた。
雨が跳ねる音を聞くのは好きだ。車が水溜りを跳ね除ける音は怖いけど。
角を曲がろうとしたとき、
「ねぇ」
後ろから女のひとの声が聞こえた。
わたしはまさか──と思いながら振り返った。
「よかった。これからまたカフェに戻るのよね?」
彼女が淡藤色の傘を手に立っていた。
黒い大きな鞄を肩から提げている。
わたしは驚きつつもこっくりと頷いて、はいと答えた。
彼女は微笑むと、連絡してと言ってわたしに名刺を握らせた。
そして、お仕事がんばってねと言うと、わたしが答える間も無く去って行ってしまった。
わたしは彼女の後ろ姿が見えなくなるまでそこに立っていた。