カランコエ-1
市場での初めての仕入れは、本当に刺激的だった。
那由多が店の食材を仕入れにこの場所に訪れたのは二年ぶりだと言っていたけど、市場に足を踏み入れて少し歩いただけで、
「おっ! 春山さん! 今日はサワラがいいよ!」
「おはようございます。サワラか、モノがどんなか見せて貰える?」
まるで昨日も顔を合わせたかのような仲買とのスムーズなやり取りに 、私はただただ目を丸くするばかりだった。
発泡スチロールに入れられた鰆を見ながら、
「ヒカリ、これどう思う?」
那由多は私に視線を向けて、モノの良し悪しを伺ってきた。
鰆に少し触れ、鮮度を見る。
「うん。身がしっかりとしてお腹もよく張ってるし、肌艶も模様も凄く綺麗だね。これならお造りで食べてもいいくらい良い状態だと思う…けど…」
一尾を持ち上げた下の鰆の表面、見逃したくはない傷を見つけてしまい、
「この傷の鰆はちょっとね…。捌いてムニエルにするにしても、この傷の部位は使えないと思う。こっちのと同じ値段じゃ辛いかな…」
仲買の様子を見ると、
「…お嬢ちゃん、中々厳しい目を持ってるなあ。じゃあこれでどう?」
指を折り、那由多に翳すと、
「よしそれなら。三ケース貰うよ? あと、舌平目。いいのあるかな?」
「今日は水揚げが多かったから、普段より値打ちで出してるよ」
「そりゃラッキーだ! モノ見せてよ」
どんどん買い付けが進んでいく。
(凄いなぁ…。瞬間的に良いものを選んでくんだなぁ)
市場の賑やかな慌ただしさに圧倒されて、那由多について歩くだけで精一杯の自分に苦笑いしつつ、市場という特別な場所にワクワク感が押さえられず、私はあちらこちらと忙しなく視線を散らばして歩いた。
「ヒカリ、ここは一般客が入る市場とは違って、リフトやターレットがよく通るから轢かれるなよ」
そんな忠告に頷きながら、那由多の後を追いかけるようについていった。
20分程で買い付けを終え、鮮魚は業者に配達をして貰う段取りをつけ、野菜を車に積み込むと、
「早くから動いて腹へったろ? まだ時間あるし市場の外に安くて旨い食堂があるんだが、朝飯どうだ?」
「お腹空いたっ! 食堂行きたい!」
那由多の提案に大きく頷いて、傍に駆け寄ると、
「だけどこれから店に戻って仕事なんだから、あまり食い過ぎんなよ?」
流し目を向けて嗜めるように念を押されたけど、
「腹が減っては戦にならないっていうでしょ! これからキッチンという戦場に向かう為に、燃料を蓄えなきゃ!」
両手を握りしめ、いざ! 出陣! とばかりに気合いを入れて那由多を見上げたら、
「やれやれ、全く勇ましい奴だな」
そう言ってクスクスと笑って歩き出した。