カランコエ-2
食堂で、那由多お薦めの絶品の海鮮丼と漁師汁を夢中で頬張り、店を出てひとつ大きく伸びをして、
「よ〜しっ! 今日も目一杯頑張って働くぞ〜っ!」
清々しい朝の青空を見上げて気合いを入れると、
「やっぱりお前は、そういう熱い感じが似合うな」
那由多は私の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫で笑って、
「気張り過ぎて、ヘマすんじゃねーぞ」
いつもの高飛車で意地悪な流し目を私に向けた。
「し、しないもんっ!」
ボサボサにされた髪を手櫛で直しながら、負けるもんかと更に気合いを入れて車に乗り込んだ。
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店に向けての道中は、今日のランチとディナーの段取り打ち合わせや、アイデアを出しあう事であっという間に時間が過ぎた。
店に着いたのは七時前。いつもより少し早い出勤だ。
那由多が着替えを済ませるのを待ち、入れ替わりにロッカールームに入って早々とコックコートに着替えてキッチンへと向かう途中、
「おはよう、こうせいちゃん」
店に着いた佳那汰君と正面で鉢合わせて。
「…おはようございます」
瞬時に気まずくなり、俯き加減で挨拶を返してキッチンへと向けて足を出した。瞬間、
「待って…」
手を掴まれて、足を止められ、
「昨日はごめん。今日はこうせいちゃんときちんと話したいんだ。だから、休憩時間になったらまた一緒に…」
「…わかった。休憩時間に話そう」
きっと私の笑顔はぎこちない。だけど佳那汰君は、
「よかった…」
まるで今にも泣き出しそうな顔に小さな笑みを浮かべて息を吐き、
「ありがとう。こうせいちゃん」
そっと私の手を離してくれた。
「ごめんね…、私、料理長に言われて今朝仕入れた野菜の仕込みをしなきゃいけないから先に行くね」
この場を早々に立ち去りたい言い訳にしか聞こえないような言葉。情けないけどそれが精一杯だった。
キッチンに入り、ひとつ大きく息を吐いて気持ちを切り替える為に入念に手を洗い、買い付けた野菜や、ランチ用の付け合わせの野菜を切り込む為に支度を整える。
那由多は大きな寸胴の前に立ち、三日間かけてじっくりと煮込まれている、カレーやビーフシチュー等のベースにもなる、shell blueの看板と言えるデミグラスソースの加減を見ながら、別の寸胴にブイヨンを仕込んでいく。
その合間に、オーナーに提出する今日のランチとディナーのお品書きとレシピを書いている。
『お前が一生懸命頑張ってるから、オレも負けずに頑張ってこられた』
那由多の背中を見つめていたら、今朝の言葉が頭に響いた。
(そうだ。一生懸命頑張る事が大事っ!)
よしっ、と小さく気合いを入れて仕込みに入ると、それ以降は仕事に集中できた。
今日は自分の目で選んだ食材だ。
鮮やかな緑。春の息吹きを思わせる菜の花は、鰆のムニエルの付け合わせに。下茹でで色を損なわないように。
鰆に乗せるレモンも今が旬を迎えてる国産の拘りの品だ。
(サラダにはチコリ、ベビーリーフ。アクセントにトレビス)
お客様に喜んで貰える為に、全身全霊を込めて。
そう念じながら、黙々と作業を進めていった。