志津絵-2
丈太郎は地図を頼りにその家を探し当てた。
東京の町屋はごちゃごちゃと入り組んでおり、まったくわからなかったが、電柱に記された番地を見ながら梅林家に辿り着いたときにはすっかり暗くなっていた。
「梅林」と凝った表札が出ている。
門の向こうには広いとは言えない庭があるが、庭木はいかにも手入れされているように整然としている。二階家の日本家屋であった。
丈太郎は門扉に手をかけ「ごめんください」と声をかけた。
「ごめんください」
二度ほど声をかけると玄関の引き戸が開き、和服姿の女が顔を出した。
「はい」
まだ若い女だった。
「梅林先生のお宅でしょうか。僕は今日からお世話になる椙田丈太郎と言います」
女が笑顔を見せる。
「お待ちしておりました。寒いですね、さぁ中へどうぞ」
女が門を開けてくれた。地味な着物だが、それがかえって彼女の若さを際立たせている。
「すぐにわかりましたか?」
「は……」
家のことを言われているのだと気づき、さんざん迷ったことを正直に告げた。
「それは大変でしたね」
丈太郎は女の後について玄関に入った。
「先生、学生さんが見えましたよ」
そう中に声をかけると、襖が開き初老の男がやって来た。家主の梅林順斎だった。
「遠いところ大変だったろう。まあ上がってゆっくりしなさい」
「は、はい。椙田丈太郎です。今日からお世話になります」
丈太郎は深々と頭を下げた。
和服を纏った梅林は髪の殆どが白く、目じりにも深いしわがあった。さほど売れている画家ではないが、地方出身の苦学生のために自宅を貸し出す篤志家である。
「志津絵。夕飯を急ぎなさい」
「はい」
志津絵と呼ばれた女は急いで台所へ向かった。着物の上からも見える尻の形が柔らかそうだった。冨美子の冷えた体を再び思い出した。
「荷物は届いているよ。解くのは明日にして、今日はゆっくり休むといい」
温和そうに微笑むと、先に居間に入った。
大きな膳があり、すでにいくつかの料理が並んでいる。自分が来るのを待っていてくれたようだ。
「君の部屋は二階だ。風呂と便所は廊下の突き当たりにある。私の仕事部屋はこの奥にあるが、そこには入らないでくれ」
「は、はい」
そんなに硬くなるな、とまた優しそうに笑った。
夕飯を呼ばれながら、どうやら梅林は週に一度は絵画教室に教えに出ていることがわかった。画家と言えど、やはりそうでもしなければ食べて行けないのかも知れない。絵画はまだまだブルジョアの趣味である。絵のことはまったくわからないが、丈太郎は熱心に梅林の話しに耳を傾けた。予習としてどんな絵を描く画家なのか調べておくべきだった。