志津絵-12
志津絵はある地方の貧しい家庭に生まれた。
実家は農家だが、小作人で自分の田畑もなかった。父親は気の弱い不器用な男だったが、家の中では酒を飲むと家族に手を上げるような男だった。兄弟は志津絵を入れて5人。子供たちは小学校を出るとすぐにでも畑仕事を手伝わされ、娘たちは奉公に出された。
だが、近所の家はどこも同じようなものだったから、志津絵はそれを特別とは思っていなかった。
その頃から群を抜いて美しかった志津絵は、近所でも「将来はいい奉公先を見つけてそこの若旦那の嫁にでも納まるだろう」と言われていた。
だが、閉鎖された貧しい農村の中で美しいと言うことは、なんの武器にもならなかった。それどころか、ある悲劇が志津絵を襲う。
母親に命ぜられ、夕方遅くまで畑にいた志津絵は村の若者たちに輪姦されたのだ。まだ中学にも上がる前で、生理も来ていなかった。
泣きながらぼろぼろになって帰宅したした娘を見た母親は、何が起こったのかすぐに理解した。
出血はしていたが、まず妊娠の心配はない。
医者に連れて行く金もなかった。
父親は対面ばかりを気にし、野良犬に噛まれたと思えとしか言わなかった。しかし、襲った若者たちが酒の席でつい自慢げにその事件を話したことから噂はあっと言う間に広がった。
「どうやら志津絵から誘ったって話だよ」
「あれは男好きな顔をしているからね」
噂は勝手に一人歩きを始め、とうとう両親は志津絵を奉公に出すことにしたのだ。せめて小学校が終るまで家にいたいと泣いて頼んだ志津絵だったが、これ以上親に恥をかかせる気かと父親に殴られ、彼女は小さな体に風呂敷包みをひとつ持って田舎を出たのだった。
名古屋の料亭に下働きの仕事をみつけた志津絵は、大人に混じって懸命に働いた。志津絵の稼ぎは前払いと言う形で父親が受け取っていた。自分の時間は寝る時だけのような生活が続いたが、真面目に働く姿を見て周りの大人たちも彼女をかわいがってくれた。
そんな生活が数年続いた。
店の雑巾がけをしているとき、ふと見た雨があまりにきれいで志津絵は雑巾がけの手を休めて雨に見入っていた。
白い糸のような雨に濡れた紫のあじさいが美しく、志津絵は裸になってこの雨の中に出てみたい衝動にかられた。
あの雨を全身にまとったら、どんなに気持ちがいいだろう。
その時、志津絵は名前を呼ばれて我に返った。
この料亭の一人息子である。
ちょっと用事を頼みたい、と言われ息子の部屋に入ると息子はいきなり志津絵に襲い掛かった。