首輪-1
此処はアンティーク雑貨や家具、アクセサリーやコルセット、ヴィンテージワンピースなどの古着を扱うお店。
わたしはそのお店のアルバイト店員。
パイナツプルとかいう、ふざけた名前のビルの一階にあるお店のオーナーが、もっとコアな客層に向けたお店を開きたいと作った──いわば分家、みたいなお店。
パイナツプルビルのほう──本家のお店にはオーナーとオーナーの婚約者さんがいて、パリやロンドンから買い付けてきた此処よりもっとライトなアンティーク雑貨やアクセサリー、委託のハンドメイド作家さんが作ったポストカードや洋服、鞄なんかが置いてある。
仕入れの際に“これは若向けではないな”とか“このデザインは一般受けしないかも”と思いつつも気に入って仕入れてた商品たち──その商品たちの居場所がわたしのいる分家ってわけ。
本家はいつも穏やかなピアノ曲が流れていて、オーナーの婚約者さんが明るく迎えてくれる。
此処は重めのクラシックが静かな音で流れている。
お客さんが話すとまったく聞き取れなくなるほどの静かな音。
例えばラフマニノフの『鐘』とかベートーヴェンの『月光』とかチャイコフスキーの『悲愴』だとか。
このお店にぴったりだとわたしは思う。
「響子ちゃん。今日のファッションは一段とよく似合っているね」
ベージュのスーツを着た紳士が、お店の一番奥にあるレジを置いたアンティークのどっしりとした机のところから動かないわたしに向かって言った。
わたしはお客さんに呼ばれない限り、お客さんの横につく接客はしない。
オーナーにそうするように言われているから。このお店いらっしゃるお客さんは、横につかれる接客を嫌がるひとのほうが多いだろうからね、と。
「ありがとうございます。このコルセットはこのお店のものを購入しました」
わたしが小さく微笑んで言うと、紳士が嬉しそうに頷いてから一本のヴィンテージ万年筆を机に置いて、いくらかと聞いた。
支払いを済ませた紳士が万年筆をスーツの内ポケットにしまいながら、
「昨晩──というより夜中に、駅前を少し行ったところで変質者に髪を切られた女の子がいたらしいね。響子ちゃんも気をつけてね。まだ捕まっていないらしいから」
そう言って、わたしの髪をやさしく撫でるように見てからわたしに背を向けた。
わたしはその背中に深く御礼をしながら、彼を見送った。
佐月響子。十九になったばかり。
半年に二回だけスクーリングのある通信制の大学に通いながら、このお店でアルバイトをしている。
このお店にはいろんなひとが来る。と言っても、営業時間内に来るお客さんの人数は両手の指に収まるほどというのが常だけど。
お散歩がてら立ち寄るご年配の方や値段も見ずにアクセサリーをたっぷり購入される派手な女性、いらっしゃったら何かひとつは絶対に購入して帰る紳士、おしゃべりをしに来るひとやふらっと立ち寄るお洒落な女の子たち……。
此処からお客さんたちを眺めるのは楽しいことだと思った。
レジの操作を覚えたての頃はお客さんが来るたびに緊張していたけれど、レジの出番の少なさに拍子抜けしたことを覚えている。