J-15
「そんな意地悪言わないで、ねえ?先程の事でしたら、この通りに謝りますから」
林田は、地面にひれ伏した──。その格好は、正に土下座そのものである。
雛子も吉岡も、その姿に度肝を抜かした。
「あんた、何をしてるんだ!」
吉岡は、慌ててしゃがみ込むと、林田の身体を引き起こそうとした。
男の土下座とは、おしなべて事を大袈裟にしてしまう。が、その様子を見つめる雛子の心底には、軽蔑の思いが涌き上がっていた。
最初こそ面喰らったが、その余りに自己中心的で無節操な態度が、許せ無かった。
「貴方は又……人としての矜持(きょうじ)も無く、自分の事だけしか考えずに……他人を悪者に仕立てる様な真似を」
学校で見せた、烈火の如き怒りとは真逆な、青白き炎の如く静かな口調で林田を罵倒した。
「二人共、もう辞めなさい!」
雛子と林田の関係が、決定的な物となり掛けた時、吉岡が、二人の間で声を荒げた。
「何が遇ったか知りませんが、もう辞めなさい!いい大人二人が……恥ずかしくないのですか!」
思い掛けない吉岡からの叱責に、雛子も、そして林田も気圧された様子で、揃って口を噤んでしまった。
「御免なさい……吉岡さんに、嫌な思いをさせてしまって」
謝りながら、雛子は己の稚拙な気性を呪った。
幾ら、林田の言動が許せなかったとしても、怒りで我を忘れるばかりか、吉岡に止められる迄、気付か無かった事を。
「あの、吉岡さん」
林田が立ち上がって、吉岡に頭を下げた。
「申し訳ありません。僕が至らなかったのが原因であって、彼女は、僕が巻き込んでしまったのです」
二人の謝意を耳にして、吉岡も漸く、厳しい表情を解いた。
「いえ。僕の方こそ、……あ〜!又、やってしまったっ」
奇声を挙げる吉岡に、唖然とする二人。
「駄目なんです……争い事を目にすると、黙ってられなくて」
聞けば、根っからの平和主義で、子供の頃から仲裁役を買って出る程、争い事が苦手な性分らしく、そのせいで何度も酷い目に遇って来たそうで、自分でも改めなければと、反省の日々を送っていたと言う。
「──さっきも、気付いたら大きな声を挙げていて……そのくせ、後で、身体が震えて来て。度胸が有るんだか、無いんだか。困ったものです」
そう言って、照れた様に頭を掻く。そんな吉岡の“意外な一面”に触れて、雛子も林田も、表情が和やかだ。
「本当に、有り難うございました。危うく“仲違い”してしまう所を、貴方のおかげで助けられました」
林田は礼を言うと、再び頭を下げた。
すると雛子も、合わせる様に感謝を述べた。