着替えの時間-4
「まあまあ、瑞季ちゃん。少し冷静になりなさいよ」
ここで宥め役として、瞳が美弥子のトスを繋いだ。怒らせ役と宥め役、それぞれ別の役割を演じることは、人をコントロールする時の常套手段だ。
「お義姉さんもお義姉さんです。もう止めないで下さい」
義理の姉の立場でも、頭に血が登った瑞季には通用しない。
「わかったわかった、わかったわよ瑞季ちゃん。残念だけど、お気に召さないのなら仕方がないわね。近くの駅まで新司に送らせるから、それでいいかな」
「おきに召すも召さないも、これって一体何なんですか?幸樹を淫らなことに引き込まないで」
瑞季が言う『これ』とは、美弥子が恵子の中にセットされたピンクローターのリモコンスイッチを、タイミングよく入れてしまい、身を捩って身悶えしている恵子のことを指していた。
「いやあん、やああん、あっ、あっ、いきなりダメ〜」
Gスポットにいきなり刺激を受けた恵子は、条件反射で紐から覗いたクリトリスを撫で回し、水着の穴から出っ張る硬くなった乳首を摘まんで自慰行為を始めた。
「あっ、ごめん。瑞季さんの剣幕に驚いて、手に力が入っちゃった。てへへ」
全く驚いた風もなく美弥子は笑った。
「と、とにかく、あたし達は帰りますから!」
呆気にとられた瑞季だったが、直ぐに気を取り直して声を荒げた。
「はい、止めません。だけど一つだけお願い聞いて下さい」
美弥子はピンクローターのスイッチを切り、態度を改めてペコリと頭を下げた。
「な、なんですか?」
突然の態度の変化に瑞季は身構えた。
「新司さん達が用意しているバーベキューだけでも食べていって下さい」
「いやです」
にべもなく断る瑞季。
「それは困ります。用意した食材が余ってしまう」
美弥子はまた態度を一変し、オロオロし始めた。
この美弥子の変化に裏はなかった。幼い頃から『もったいない』を是とする環境で育ったので、食材を残すことは、美弥子にとっては罪であり、身を切るように辛いことなのだ。
それは美弥子の子である恵子も同じだった。ましてや心優しい恵子は、母の悲しむ姿を見たくなかった。
「瑞季さん、お願いします。母は昨晩、瑞季さん達の参加を聞いて、深夜営業の店に行って食材を用意したんです。だからお願いします。少しだけ母の我が儘を聞いて下さい」
実は美弥子と忠の寝不足は、一晩中セックスしていたからばかりではなかった。恵子の水着の手入れが終わった後、我慢できずに一発はしたが、その後、2人揃って買い物に出掛けていたのだ。勿論用意は買い物だけでは済まない。下ごしらえも必要だった。
深夜に忠の愛車が車庫を出る音をベッドの中で聞いた恵子は、翌朝、セックス中の美弥子から喘ぎ声混じりにそれを聞いた。その美弥子の労力と人の善さを知る恵子は、涙混じりに瑞季に頭を下げた。
「えっ?」
瑞季の頭は予想外の話に一瞬真っ白になった。
「そうなのよ瑞季ちゃん。あたしが美弥子さんに2人の参加を電話した時に、幸樹の好みを色々聞かれたの。美弥子さんは『若いから沢山食べるでしょうね。よし、今から頑張って用意しちゃうわ』って」
瞳は申し訳ない気持ちから、自分が用意すると言ったが、美弥子は『あたしが好きで用意するんだから、楽しみを取らないで』とやんわりと断っていた。
仕事を持つ瞳を気遣ってのことだとわかっていたが、人の善い美弥子にそれ以上遠慮すると、逆に傷つけることになることがわかる瞳は、全てを美弥子に任すことにした。
そんな背景があるから、瞳の声も涙混じりになっていた。
瑞季は衝撃を受けていた。元はと言えば、自分が瞳に相談したことが始まりだったのだ。全くの他人、それもさっきまで見知らぬ者のために、自分はここまでできるだろうか?
いや、それ以上に当事者である自分は、不平を言うだけで一切何もしていない。瑞季は自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「美弥子さん、恵子さん、頭を上げて下さい。頭を下げるのはあたしです。あたし達のために一生懸命にしていただいてるのに、それに気付かず勝手ばかり言ってごめんなさい」
瑞季は頭を深く下げて謝った。
「じゃ、じゃあ…」
喜んで顔を上げる美弥子を瑞季は制した。
「でも、一つだけ条件があります。あたし達が居る間は、そのエッチな水着姿でウロウロするのは絶対に止めて下さい。例え幸樹の目の届かない場所でもそれを守って下さい」
瑞季にとって、これは譲れない最低限の条件だった。
3人は顔を見合わせるとニンマリと笑った。
「わかりました。この上から何か羽織って見えないようにします」
瑞季は『エッチな水着姿になるな』と言ってるだけで、その言葉の中には『エッチなことはしないで』が含まれておらず、『この水着姿以外ならばOK』、すなわち『素っ裸ならば構わない』と無理やり拡大解釈する3人だった。