梅は咲いたが…さくらは…-1
気付いたら知らない部屋にいた。
霞みがかかる視界で薄いグレーの天井を見つめながら、私は与えられる甘い愉悦に身を震わせ、捩らせながら鳴き喘いでる。
首筋に感じる熱い息。脳を痺れさせる低くてくぐもった切なげな囁き。そのどれもが私の全てを淫らに融かしていく。
薄く汗ばみしっとりと吸い付くように重なり合う肌、細くも力強い腕に包み込まれて引き寄せられる圧、小刻みにリズミカルに互いの身が揺れる度に背から脳をを貫かれるような快楽の波。そのどれもが私を鳴き狂わせて止まない。
(あぁ……もう……)
上り詰める間際、震えが立ち上る身体。
しがみつくように抱き締めて、身も心も欲しがって狂ったように何度も名前を呟いて――
「…なんて朝だ。なにこの最悪な夢は…」
目が覚めて、自分の見た夢の生々しさに赤面して盛大に溜め息をついた。
「わたしゃ欲求不満か…」
そんな事した経験なんてないのに、夢の中で淫らに溺れてる自分を思い出して苦笑いせずにはいられなかった。
スマホを見たら午前四時半。
「ヤバい! 五時には那由多が迎えに来るんだった!」
今日から毎朝那由多と市場へ仕入れに行ってから店に入る事になったんだ。
昨日の出来事の痼は全く解消出来ていないけど、それは仕事には関係ないことだ。
私情は持ち込まない。それくらい、ドジな私にだって理解できる。
あれから佳那汰君ともろくに話さなかったなぁ…。
帰りの電車も帰路もお互いずっと黙ったままで、唯一言えた事は「明日から朝は料理長と仕入れに行くので…」という業務連絡的な言葉だけだった。
「…もういい。気にしない気にしない」
そう口に出して、しなだれそうになる心に無理矢理蓋をした。
シャワーを浴びて身支度を済ませ、玄関のドアを開けると既に那由多の黒いワゴン車が停まっていた。
助手席に乗るのはどうしても躊躇してしまう。
(後部に乗り込もう、そうしよう)
後部のスライドドアのレバーに手をかけたら、助手席のウインドウが下がり、
「通行車が来るから早く助手席に乗れ」
那由多の言葉に、渋々助手席に乗りこんでシートベルトをした後に、
「おはようございます。今日からよろしくお願いいたします」
「おはようございます、よろしく」
互いに少し引き締まった声で仕事が始まる朝の挨拶を交わした。その後は無言の時間が流れた。