紫-1
「あれ?村松さん。いらっしゃい」
月に1度か2度。奏くんが弾いていたレストランに顔を出す。
ほんの少しの感傷的な感情とともに。
ぐるりと店内を見渡して。
あの頃と何も変わっていないと、私自身と同じだと苦笑いする。
どこかの席にオーナーを見つければ少し話をしたくて挨拶に行く。
あの頃の私たちを知ってる人はオーナーしかいないから。
いつも奥さんの響子さんと一緒に食事をしている。
仲がいいんだよね。
「お久しぶりです」
「おひとり?」
響子さんはそう言って私をいつもからかう。
「おひとりです」
私もそう言っていつも通りに笑う。
「奏なんか待ってないで恋をしたほうがいいぞ。
いつ帰るか分からない男なんか待ってると
20代が終わっちゃうぞ」
「もう終わりました」
豪さんにニッコリ笑うと
「え?村松さん30歳になったの?」
と響子さんがびっくりした。
「はい。今日で」
「誕生日か。早く言えよ。この席に移動して一緒に祝おう」
私の食べかけのお皿が豪さんたちの席に移された。
「お誕生日おめでとう。
あの受付で可愛く座っていた村松さんも30なのねぇ」
響子さんのしみじみ言う言葉に笑った。
「このレストランのオーナーの豪さんが実は噂の人だとは
思いもしませんでしたよ。私、豪さんが響子さんを迎えに来た日は
休みだったんですよ。後で話を聞いてびっくりしたのが昨日のようです」
「村松さんもいい相手を見つけないと」
そう言って、豪さんはここ6年。ずっと私を気にかけてくれている。