緑-3
その声を合図にスタジオ内が1時間後の録音に合わせて動き出した。
それからはあっという間の1時間で
私は一息も出来ないままに本番の時間になった。
「華やかにお願いします」
奏くんが中央のグランドピアノにゆっくりと座る。
いつも見慣れたように
ゆっくりと両手の中指にフッと息を吹きかけた。
おまじないみたいに。
まるで、幻のようだった。
いつものように、激しい練習曲でもなく
私に聴かせてくれる楽しい曲でもなく
静かなレストランのバックミュージックでもなく。
奏くんの紡ぎ出すクラシック調のピアノ曲が私を包み込んだ。
「綺麗」
音を綺麗と表現する事が、正しいのか分からないけど。
そう表現する事が何よりもしっくりする演奏だった。
「凄い。奏くん」
「村松さん」
「あ。柳下さん。このまま成功すると良いですね」
「小野寺、奏だよね。村松さんと知り合いだったなんて驚いたよ」
「奏くんを、ご存じなんですか?」
「ああ・・・・」
そう言ったまま、柳下さんはお茶を一口飲んだ。
「昔、知ってた。
小野寺がコンクールに出て来た時、すごいと思ったよ」
「・・・・って。柳下さんピアノをやってたんですか?」
意外だ。