半人半鬼-1
僕の体の半分にどす黒い何かが宿った、あの忌々しい事故。
あの日、バイトの帰り道で交通事故にあった。
雨で視界が悪かった交差点。
バイクに乗っていた僕は、信号無視をしたトラックに吹き飛ばされた。
気が付いたら、真っ白な病院の一室。
命が無事だっただけでなく、後遺症もなかったのは奇跡的だと言われた。
だが、この時から僕の体の左半分に悪魔が棲み付いた。
最初に感じたのは、違和感。
体の左半分が自分の一部として感じることができなかった。
普通に歩くこともできるし、物を掴むことにも不自由はなかった。
しかし、やはり感じるのは違和感。
退院後、その違和感は明らかな破壊衝動に変わっていた。
左手が僕の意志に関係なく、カッターナイフを強く握った。
そして切り裂いたのは、お気に入りのカーテン。
そして切り裂いたのは、思い出のアルバム。
目に付くもの全てを、切り裂いていた。
最初何が起こっているのか、僕には理解できなかった。
ただ単に、左手の暴走を呆然と見ていた。
このままでは、僕は狂気に飲み込まれてしまうかもしれない。
そう思った理性の残る右手が、左手を必死に押さえつけた。
数分間無理やり押さえ込んだ末、何とか左手は大人しくなった。
このような発作に、その後も度々襲われた。
その発作はより長く、より激しくなってきた。
このままでは取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。
一日中部屋の片隅で、膝を抱えて震える日々。
誰にも助けを求めることができず、一人で震える日々。
僕は気が変になりそうだった。
いや、とっくに気が変になっていたのかもしれない。
憔悴しきった体。
絶望で淀んだ瞳。
狂気を秘めた左。
理性を残した右。
人との関わりを排除した空間の中。
幾日も幾日も、水道の水だけで生活していた。
何か食べ物を探さなければ。
何か血肉となるものを探さなければ。
朦朧とする意識の中、僕は家を出ていた。
左手に、小さな包丁を握り締めながら。
向かった先は、コンビニエンスストア。
客は僕以外いなかった。
女の店員が一人いるだけだった。
店内に響き渡る悲鳴。
僕が手にした包丁を見て悲鳴をあげたのか。
僕の中にいる悪魔を感じ悲鳴をあげたのか。
それは、一瞬の出来事だった。
右手の制止を振り切り、左手が殺った。
まず、喉を一刺し。
そして、体を何度も何度も刺した。
動かなくなっても、左手は止まらなかった。
僕は、自分の左手がやった凶行に戦慄した。
僕は、体の左半分に在る狂気に怯えていた。
僕は、その場所に漂う血の匂いに嗚咽した。
僕は、僕は……、一体どうしたいのだろう。
包丁を持った左手が肉の解体作業を始めた。
僕の顔の左半分は笑っていた。
僕の顔の右半分は泣いていた。
生き血を啜り、喉の渇きを癒した。
肉を頬張り、飢えを満たした。
体の半分は血肉を欲し、もう半分は拒絶した。
食べては嘔吐する、その繰り返しだった。
自分の意志で動かすことができる、右手。
その右手で、床に転がっていた包丁を強く握った。
僕に残された道は二つ。
このまま、欲望に任せて鬼の道を往くか。
それとも、自らの死をもって人として終わるか。
答えは……、既に出ていた。