方向が違いますから-5
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木下啓介は四十七才でやっと係長になった。広報課の資料係長で部下の二人は派遣社員である。
啓介は普通高校を卒業、採用十人の一人で、啓介以外は全員技術系の高校、大学卒業生であった。
電子機器部品の下請けメーカーで、半導体チップを作って何社か大手に納めていた。啓介が入社した年に従業員が六十人になった。町工場である。
昼食は、食堂があって、おばちゃん二人が調理をして、社長以下全員が一緒に食事をした。
「木下、どうや、仕事に慣れたか」
「木下、出荷は順調か、何処が一番多い?」
「木下、材料が順調に入荷しているか」
「前より一寸落ちています、円安の影響なのでしょうか」
「今な、もう少し材料が少なくて、性能が落ちない物を考えているから、大丈夫だよ」
啓介は自分では思わないが、人より一歩遅れた行動をする、昼食は何時も社長の前。一ヶ月すると最初の硬さが無くなって話がしやすくなった。
会社の業績が上がって注文が増え翌年の三月新入社員を迎えると、従業員が倍になった。食堂は入りきれなくなり、工場に改装された。啓介は社長と会わなくなった。
技術社員でない啓介は工場内の殆どの部署を回って営業部に回され外回り専門となった。後輩達が係長、課長、工場長、部長と昇任していくが未だに平社員で日本全国、韓国、中国へと年中飛び回って、未だに独身である。久しぶりに韓国から帰って報告書を書いて明後日は中国に飛ぶ。トイレに立った。
「木下、久しぶりだな、元気にしているか」
「社長、ご無沙汰しています」
「木下今、何やってんだ」
「営業部で、全国回ってます」
「そうか、後で部屋に来てくれ、久しぶりに話をしよう」
「分かりました」
トイレで、本当に廿年ぶりに社長と会った。おかしな事だ同じ会社の社長と部下なのに。
「あの頃は若々しい青年だったが、良いオッサンになったな」
「社長もですよ、貫禄が付いて」
「あの頃は五十人ばかりで、オレも社長の新入社員」
啓介は社長と屈託のない話をしてから二ヶ月、総務部広報課の係長になった。課長も部長も啓介の後輩である。啓介は目立たないのか上役達は啓介のことを全く知らなかった。
「木下さんは、随分と古いのですねこの会社」
「ハイ、古いばっかりで」
「部長より先輩なんだ」
資料係はあらゆる資料を集めてPR資料の基を造る仕事である。二人の係員は派遣社員の女の子で、みっちゃんと呼ばれる二十五才の少し背丈のある美人の部に入る子、もう一人は佐伯さんと呼ばれている三十過ぎの既婚者、二人とも大学出身で頭の良い女性である。
「木下さんは、生え抜きのベテランでいらっしゃる、何で今になって係長」
「私は学歴がありませんし、営業で地方周りが長かったですから、存在感が薄かったのでしょう」
事務の経験がないので暫く途惑ったが、やがて慣れてくると啓介はゆっくり部屋中を眺め、他人の働きぶりを眺める。
「係長さんは、資料がよくお分かりになりますね」
「みっちゃんはまだ慣れていないからで、自然にね」
「チップって、なんですか」
「デジカメの一番中心になる部品ですよ」
「係長はまだ独身なんですってね」
「そうなんですよ、佐伯さん」
「私は子供二人いますよ、一回り若いのに」
「そうなんですか、昼間は子供さん保育園ですか」
「ハイ、男の子と女の子、やんちゃの盛りですね」
「佐伯さんって、第二製造部のDチップの係長」
「そうです、夫婦揃って世話になっています」
「佐伯さんはこんな美人の奥さんを貰っていたんだ」
「恥ずかしい、もうオバサンですよ」
「オバサン?僕はもうおじいさんか」
昼休み、自動販売機の前で椅子に掛けて三人が話す。
「みっちゃん、スカート一寸短いのでは」
「佐伯さん、これとても欲しかったの、この前の給料で買いました」
「男の人、みんなが見ているわよ、係長は見ないけれど」
「ほんとだ、今はやっているんだよね」
「階段上がるとき注意しなさいよ、盗射されるはよ」
「そんなに見たいんかな・・・・・・見たってしょうがないのに」
「佐伯さんは何時もスラックスですね。綺麗な脚をしていらっしゃるから似合いますよ。みっちゃん、短いスカート似合うよ柄も良いし」
「係長さんも男ね、よく女の姿を見ていらっしゃる」
「係長さん、一緒に帰りましょう」
「帰ろうか、一寸遅くなったね。派遣の人を残業させてはいけないんだ。ごめんねみっちゃん」
「いいですよ、会社には黙っていますから、そのかわりカラオケ付き合ってください」
「僕は歌下手だよ」
カラオケは何時行ったのだろう、何年も行かなかったな、啓介は一段高いステージでみっちゃんが歌うのを聞きながら考えていた。
「係長、見てください、ホラ」
「みっちゃん、いきなり・・・・・・・・・・綺麗だね」