方向が違いますから-3
私の言うことを聴いてください
岡崎絹子は株式会社布谷機械本社総務部法規課長である。会社の特許に関することが主な業務である、社員の法律上のことにも関わる。
三十六才最年少の課長で美貌で社員のあこがれの的である。
絹子は在学中に司法試験に合格して司法研修を終わると、司法の世界に進まないでこの会社に入社した。
入社は普通四月であるが、絹子は二ヶ月遅れて六月に谷村誠一と二人だけ入社して、社長に挨拶をした。
二人は一ヶ月研修のために全国にある工場、支社、営業所、その他関連する箇所を廻って現状を把握させられた。司法試験に合格している絹子は本社の法規課に、谷村誠一は、本社にある工場の現場事務に配置された。
それから十四年、四月の移動で絹子は法規課長、誠一は法規課の一課員に配転された。
「谷村君、入社して以来ね」
「岡崎課長、久しぶりです、よろしくお願いします」
「早速だけれど、岐阜工場から上がってきているインナーの特許の件をよろしくね」
「はい、分かりました」
図面を受け取ると、席に戻る。入社の時と変わらないな、美貌と少しきつい口の利き方。席に座る絹子を暫く見つめていた。
誠一の担当は会社の新製品が他社の特許、意匠登録その他法律で問題がないかを調べる仕事である。
近年は各方面で新製品が多く市場に流れて、それぞれが、特許、意匠登録などを持っている。
弁理士が業として特許、実用新案、意匠、商標など特許庁における手続あるいは経済産業大臣に対する手続を行う。
絹子も誠一も弁理士の資格を持っている。
誠一は設計から上がってきた図面のねじ一本まで他社の特許に触れることがないかを調べる。終わると関係者が集まって協議をする。
法規課長の絹子も直接調べた誠一も参加する。絹子は課長就任第一回の協議会で誠一が他社製品自社製品の細部を記憶しているのに驚いた。
絹子は議論が白熱して結論が出ない、二手に分かれて口論が過熱化して終止が付かなくなると、立ち上がって。
「私の言うことを聴いてください。この件は他社に抵触します。使用許可を取ります」また、
「私の言うことを聴いてください。本品は我が社の独創品です、直ぐに特許手続きいたします」
絹子の美貌とスタイルの良さは、知能抜群も加わって男性社員のあこがれの的で、食事のお誘いが殺到した。絹子もこの男ならと、男性の誘いには応じていたが、三年ほどでその波は失せてしまった。
絹子は総務部法規課から他の部署に出たことがない。最近の誘いは同僚課長に部長、役員から、若いときと違って水面下で誘いが来るようである。
総務部の者達誠一を除いて絹子が今は誰がお付きの男性かを知っていた。誠一は次々と来る製品のチェックで、余所見をしている余裕がなかった。
それでも、誠一は一休みしようと身体を休めると、自然に目は課長席に向かう、綺麗だな彼女は、好きな男性いるんかな、課長が頭を上げて誠一を見る、慌てて眼をそらせる。きつい顔で見ているだろうな。
課長と供に誠一は社長室に呼ばれた。
「これは今年総力を挙げて造る半導体チップの製造器だ、先端の向きをかえて、何種類のチップを作ることが出来る。岡崎君、全部チェックして特許有無を調べて報告してくれ。谷村、一部屋用意するから一人で調べてくれ、誰一人入室させないで、泊まり込みだ」
総務部長が社長の前で命令する。期間は一ヶ月。
「泊まり込み、谷村君大丈夫?」
「僕独身で、一人住まいですから平気です」
「食事は私が作って来るから」
「課長、そんなに無理をしないで下さい。インスタント買い込んでおけば大丈夫ですから」
「私の言うことを聴きなさい」
本社ビルの五階の西に物品倉庫がある。その奥に、広いワンルームマンションのように全部が揃った部屋があった。誠一はこんな部屋があるとは知らなかった。これなら一ヶ月平気でやっていける。パソコンは一切使わない。手書きで必要な箇所をメモをする。しくじった用紙はそのまま保存をする。破ったり捨てたりはしない。
倉庫の棚と棚の間に入り口のドア、そこから少し廊下、入り口のドア、そこに課長が毎日食事を置いてくれる。朝食以外は冷蔵庫に入れておく、電子レンジ、ガスコンロ、流し、総て揃っている。トイレ、立派な少し広い浴室。
土曜日、日曜日課長も来て二人で、一週間分のチェックの再チェック、他社製品で不明なものを課長がメモして次の土曜日に資料を揃えて持ってくる。
「谷村君、私帰るのが面倒だから此所に泊まる」
「課長、それは」
「谷村君、私の言うことを聴いてください」
「ベッド一つですよ」
「いいでしょう、一緒に寝ましょう」
「僕は男ですよ」
「そうですよ、女と一緒に寝てはいけないという法律無いでしょう」
「それはそうですけれど・・・・・・」
「私の言うことを聴いてください」
お互い着の身着のまま共寝をする。
「終わりました。課長ご苦労様でした」
「谷村君頑張ったね・・・・・私風呂に入る」
「どうぞ、疲れを取ってください」
「谷村君も一緒よ」
「風呂に、裸で・・・・・・」
「私の言うことを聴いてください」