#3(END)-1
警察署に泊まった翌日の夜、少年が最も恐れていた事が起きた。
本州に居るはずの父親が目の前に立っている。
知られてしまったのだ。
その男は痩せぎすで、全体的にひょろりとしている。背は高くなく、170センチ程度だろう。適当に撫で付けた茶色い髪を後ろで一つに括って流している。あごの線や鼻筋はすっきりとシャープに整っているが、眉は細く目つきが悪く、ともすれば三白眼に見えた。酷く冷たい印象の男だ。
品の良いスーツを身に付けてはいたが、不穏な気配を隠す気は無いらしい。仕事を途中で切り上げる羽目になったのが気に入らないのか、子供を強く睨み付ける視線には、情など欠片も見えない。
少年は記憶の中の父親と目の前の男を比べてみる。顔は殆ど覚えていないが、身に纏う酷薄な空気は記憶の彼方の父そのものだった。
紺色のスーツを身につけたその男は、不機嫌な声で言った。
「立ちなさい、孝顕。帰るぞ」
いつまでもイスに腰掛けたまま、視線を床に固定し動こうとしない少年に、もう一度、高圧的に繰り返す。
「立て、孝顕」
手を伸ばし、強引に少年の腕を掴んで椅子から引き上げる。つかの間、孝顕は父親の顔を見上げるが、すぐにまた視線を床へ逃がした。
「帰るって何処へですか」
「決まっているだろう」
「…………」
孝顕は長い溜息をついた。
付き添っていた婦人警官が、その様子をはらはらと見つめる。
「あの、お父さん。大変なことがあってすぐですし、もう少しその……」
「分りました」
婦警の言葉をさえぎるように、少年は色のない声で返した。
「手間をかけさせるな」
冷たく言い放つと、男はきびすを返しまっすぐ玄関ロビーをめざす。自分の子供へ振り向きもしない。
冷酷な背中を暫し見つめてから、孝顕は父親の後について歩き出した──。
とある夏の日──。
何の変哲も無い、ただの日常であるはずだった。
少なくとも、少年にとってそれは日常の一つだった。
大切にしてきたその日常の一つが、失われた日でもあった。
【了】