#2-5
始めの頃、夜は布団に入ってもなかなか寝付けなかった。何度も起きだしては隣の部屋に行き、母親の死体を確認する。何かの弾みで動き出しはしないかと、ひたすら布団に横たえられた母を見はり続けた。始めのうちは綺麗だった母の顔も僅か数日で直視できない状態になった。耐え切れずに、顔にハンカチをかぶせる。鼻や目から得体の知れない液体がしみて、汚れる度に新しいハンカチに替えた。
母の部屋の窓はガムテープで隙間無く目張りをし、臭いが洩れないようにした。暑くても部屋の窓は殆ど開けられず、換気は大変だった。海が近く夏でも比較的涼しいので蒸し風呂にならなかったのが救いだった。
死体の腐敗が進み本格的に臭いが強くなり始めた頃には、不安と恐怖に埋め尽くされていた筈の少年の心は粗方麻痺していた。強烈な臭いもそれほど気にならなくなっていたし、全ての感覚を思い込みと錯覚でシャットアウトしていた。
ただ、自分の体や衣服に付いた臭いだけは気にしていた。外にでると、まといつくあの臭いに気づくのだ。風呂と洗濯は今まで以上にこまめにするようになった。洗った衣服に匂いがなるべく付かないように出来る限り気をつけもした。
本を読み漁って色々と知れば知るほど、死体の処理については、自分には到底不可能なことばかりで、解ってはいたが孝顕は愕然とする。やがては大人達に知られてしまうだろう。そして父にも……。
全てがどうにもならない。自分に出来るのは黙っていることだけだ。半ば諦めながら、日が昇れば朝食を取り学校に行き、夕方には再び食事を作り、翌日の用意をする。ひたすら今まで通りの生活をし続けた。
彼の友人が家を訪ねてきたその日まで──。
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