プロローグ-1
「社長、依頼です」
そう言って秘書の傳田(でんた)こずえがデスクの上に、顧客の申込書と熱いコーヒーが入った備前焼のマグカップを置く。
「うむ、ご苦労」
俺は、小さなマグカップに、口を尖らせながらそっと唇を這わす。
啜るように、コーヒーを口に含む。うん、ちょうどいい苦味と酸味だ。
「では、失礼します」
くるりと踵を返すその動作は、まるでモデルが歩いているようで、タイトなスカートから覗く長い脚に思わず喉が鳴る。
「おい、傳田」
「はい?」
後ろから名前を呼ばれた傳田は、ゆっくりこちらを振り返る。
猫のように勝ち気な強い瞳。少し張った鼻。ぽってりした唇。うん、やっぱりいい女だ。
「どうだ、お前も一本撮らないか? お前ならいい広告塔にな……」
「結構です」
吐き捨てるように、一刀両断。思わず肩を竦める。
そして、いかにも仕事が出来そうな黒縁メガネを、ピンと張った指で、クッと持ち上げた彼女は、
「どうして私がお金を払ってまで、エロ動画なんか撮らなきゃ行けないんですか」
「……すみません」
下唇を突きだし、小さく頭を下げる俺に、彼女はわざと大きなため息をついてから、
「お客様の面会予定時間は14時ですから、それまでにその寝間着みたいなだらしない格好をなんとかしてくださいね」
と、冷めた声でそう言いつけ、事務所を出て行った。
再び静かになった事務所に、香ばしいコーヒーの湯気と香りだけが残る。
チラ、と自分の着ている服に視線を移す。
洗濯し過ぎて袖が破れたグレーの上下スウェット。
こんな俺も一応社長なんだもんな。
「さっ……てと、お仕事始めましょうかね」
ボサボサ頭をボリボリ掻きながら、俺はおもむろに椅子から立ち上がった。
御代田光司(みよたこうじ)、35歳。
株式会社コスタ・デル・ソル 代表取締役。